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英雄を夢見た少年は、王国の敵になる ―リベルタス―  作者: REI
第2章 魔道具職人の街と仮面の組織 ラトール編

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第32話 交差する虎の眼光


朝霧の中、荷車の軋む音が道に溶けていた。

朝の霧がまだ薄く立ち込める村の道を、木の荷車がゆっくりと進んでいた。


その音が、静かな朝に溶け込んでいく。


村の空気にはまだ、煙の匂いがわずかに残っていたが、焦げた屋根や倒れた柵、焼けた家々がひとまず修復の兆しを見せていた。


村人たちは、焦げた柵を元に戻し、割れた屋根の修繕をしている。

顔に疲れを浮かべながらも、どこか希望を感じさせる表情で作業に励んでいる。


その光景を遠目に見つめながら、アランは心の奥にわずかな痛みを感じていた。



――また、守りきれなかった。


あの盗賊襲撃で、村の人々を守れなかったことが胸に残っていた。

だが、今こうして村が再建され、少しずつでも平穏を取り戻しているのを見て、ほんの少しだけ心が軽くなった。

全てを失わせずに済んだことだけが、救いだった。


陽光が霧を抜け、村全体を淡い光で包み込んでいた。

まだ、どこか湿り気を帯びた空気が、ほんの少し冷たかったが、それでも一日の始まりを感じさせる爽やかさがあった。


村の広場には、ようやく人々の活気が戻りつつあり、数人の子どもたちが笑い声を上げながら駆け回っている。

アランはその様子を見て、少しだけほっとした。


「……行こうか」

リィナの声に顔を上げる。


彼女はまだどこか浮かない顔をしていたが、それでも一歩ずつ進もうとしていた。

レオンは淡々と荷物を背に担ぎ、歩みを合わせる。


「これで一区切りだ。ギルドに戻って、報告を済ませよう」

「そうだね……もう何日も外にいた気がするな」


 

三人は村を背に、小道を歩き出した。


 

朝日は高く昇り始めていたが、どこか空気はひんやりしていた。


 

そのとき、遠くから行列の気配が近づいてくる。

金属の擦れる音、整然と踏みしめられる靴音。

 

「増援……か」


レオンが目を細めた。


草原の向こうを、重装の騎士団が進んでくるのが見えた。

先頭には銀の紋章旗を掲げる数騎の先導兵。その後ろに、十数人の鎧姿の兵士が整然と続く。


肩に赤い飾緒をかけた兵が一団の中央にいた。

「……騎士団。しかも、妙ね、色んな騎士団が混ざってるみたい」

リィナが小さくつぶやいた。


アランは無意識に胸が高鳴るのを感じた。

騎士団――最近になってよく聞かれる、身に覚えのない関係

何かを知っているような、知らないような感覚が胸に渦巻く。


行列が近づくにつれ、先頭の兵がこちらに一瞥を投げた。

が、視線はすぐ前へ戻り、何も言わずに行進は続く。


その中に、一人だけ異質な気配を放つ騎士がいた。

鎧の襟に赤い紐を垂らし、凛とした姿勢を崩さない。

顔立ちはよく見えなかったが、少し長めの黒の髪と銀の瞳が兜の下から覗いている。


――目が合った。


何の前触れもなく、その騎士の視線がアランに注がれた。

瞬間、胸の奥がひりついた。


遠い昔、まだ幼かった頃に見た気がする瞳。

言葉はなかった。


ただ、ほんの数秒、互いに視線を重ねる。

それきり騎士は顔を背け、行進を崩さず通り過ぎた。


「……」


息が詰まるようだった。


「あれ?」


列の少し後ろから、体躯のがっしりした若い騎士がこちらを振り返った。

もっさりした髪を揺らし、首を傾げている。

「副団長に似てた気がするんすけど……気のせいか」

そう呟くと、また行進に戻っていった。



砂利道に馬蹄の跡が連なり、足音は次第に遠ざかる。


「今の……」


声にならない問いを抱えながら、アランは立ち尽くした。


胸が熱いのか冷たいのか、分からなくなる。


「知り合いか?」

レオンが問う。


「知り合いはいないはず。けど……」

胸に残る感覚だけが、やけに鮮明だった。


ずっと遠くに置き去りにした何かが、今も生きているような気がした。


「さ、行こう。ここにいても仕方ない、明るいうちに街に戻ろ!」

リィナが小さく言った。

頷き、三人は歩き出す。


背後で、騎士団とギルドの調査班が村へ向かっていくのが見えた。


すれ違い。


何も交わさずに通り過ぎるだけ。

それでも、確かに何かが始まった気がした。


昼過ぎ、ラトールの街門が見えてきた。

陽光の下に広がる見慣れた屋根と通りに、肩の力がふっと抜ける。


「やっと帰ってきた……」

リィナが呟く。


レオンも同意するように肩を揺らした。

「報告だけ済ませて、今日はもう休もう」


「そうだな」

アランは小さく笑った。


ギルドに入ると、受付の女が顔を上げた。


「お疲れさま。また巻き込まれたみたいね。アランくん♪」

「えっ盗賊団の襲撃もあったの!?どれだけ巻き込まれ体質なのよ。」

書類と報告を済ませ、報酬の袋を受け取る。


いくつもの視線が三人に向いたが、誰も何も言わなかった。

今はただ、帰ってきたことが全てだった。


 

「ふー、なんか、安心したらどっと疲れちゃった」

リィナが深く息を吐いた。


ふと、その横顔がやわらかく笑っていた。


少しずつ、過去の傷が癒えていくのかもしれない――そんな気がした。


「さて。俺は先に行く」

レオンが鞄を引き直した。

「ん?行くってどこに?」


「ああ…ほら錬金術師ギルドだよ。しばらく顔を出していなかったからな。ランク試験を前に杖のチューニングも早急にしたい。」


「分かった。気をつけて」

「お前らもな」

レオンは短く言い、通りへ消えていった。


静かな空気が残った。

アランとリィナは、顔を見合わせた。

「レオン、なんかやけに楽しそうだったな」

「まぁ定食屋、行くか!」

「うん。お腹減ったよね」

笑いあう声が、昼の光に溶けていった。


いつかまた、あの騎士と会うのだろう。


名前も言葉も交わさなかったあの一瞬を、きっと忘れない。


だが今は、ここにいる仲間と帰る場所があった。


それが何よりも大事なものだと、胸の奥で思った。

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