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英雄を夢見た少年は、王国の敵になる ―リベルタス―  作者: REI
第2章 魔道具職人の街と仮面の組織 ラトール編

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第31話 悲惨な過去

朝の冷たい空気が、焼け落ちた柵の焦げ跡にしみ込んでいた。

昨夜の赤い月は沈み、代わりに白んだ光が村の静寂を照らしている。

まだどこか焦げ臭く、瓦礫を片づける人々の声が響いていた。


アランは割れた木箱を脇に運びながら、そっと周囲を見渡す。


レオンは負傷した村人の手当てを手伝っていた。

リィナは、少し離れた柵の影に立っていた。

煙が上がる空を、ただ黙って見つめている。


アランは手を止めた。

何度も危険な目に遭ってきた彼女が、こんなふうに立ち尽くしている姿は初めてだった。


「……なぁ、リィナ」

声をかけると、彼女はわずかに肩を揺らした。


それでもすぐには振り返らず、しばらく空を見上げたまま。

やがて、諦めたように息を吐く。

 

「……何?」

 

振り向いた横顔は、どこか遠くを見ているようだった。


「いや……少し、休んだらどうだ? 夜通し動きっぱなしだったろ」

言葉を探す間にも、胸がざわついていた。


 

たぶん、昨日の戦いだけじゃない。

彼女の中にはもっと深い、何かがある。

そう思えた。


「……ここにいる方が落ち着くの」

 

リィナはぽつりと呟いた。


赤く腫れた瞳が、朝日に透けている。

「このにおいも、音も……全部、あの頃に似てるから」

「……あの頃?」

リィナは一度目を閉じた。


まぶたの裏に、きっと消えないものを見ている。


「……私の育った村。……もう、ないの」

 

声がかすれていた。


それでも、言葉はゆっくりと続いた。

「鉄牙団に襲われたの。……ちょうど、こうやって夜が赤く染まった夜だった」

アランは息を呑んだ。


さっきまで遠いものだった焚き火の匂いが、急に生々しく胸を刺した。

「……家が燃えて、悲鳴が響いて……気づいたら兄と二人で隠れてた。……家族は、みんな……」

言葉が途切れた。



拳を握る手が、わずかに震えていた。

「最後は助けられた。でも、生き残ったのは私と兄だけ。……それから、ずっと思ってた」

朝の風が、揺れた髪をそっと撫でる。


「人と関わらなければ、誰もいなくなることもない。……また同じ思いをするくらいなら、最初から一人でいたほうがいいって」

その横顔が、少しだけ幼く見えた。


戦うときの鋭さも、冷たさも、そこにはなかった。

 

「でも……最近は……おかしいの」

 

ゆっくりと、視線がこちらに落ちる。


赤く腫れた瞳の奥で、何かが揺れていた。

「アランや、レオンといると……時々、怖くなるんだ。……楽しいって、思っちゃうから」

胸の奥がきゅうっと締めつけられた。


「また全部、壊れるかもしれないのに……それでも、一緒にいたいって……思っちゃうの」

「……リィナ」

何か言わなければと思った。


でも、安い慰めを口にするのは違う気がした。

だからアランは、一歩だけ彼女に近づいた。


「本当は……誰にも言いたくなかった。……強いままでいたかったから」

涙が、一筋落ちた。


それを拭おうともしない。

「でも……どうしてかな。アランには……話してもいいって、思ったんだ」

視線がぶつかる。


赤く泣き腫らした瞳が、少しだけ笑った気がした。

「……弱いところなんて、見せたくなかったのに」

アランは、そっと頭を下げた。


胸がいっぱいで、声が震えた。

「……話してくれて、ありがとう」

それだけで、十分だった。


「……何もできないけど。……それでも、俺は……」

言葉を探す。


だけど、伝えたいことは決まっていた。

「……俺が、守る」

声が、かすれた。


でも、嘘じゃなかった。

この気持ちは、きっと何よりも本物だ。


リィナは驚いたように瞬きをした。

泣き笑いのまま、少しだけ視線を伏せる。

「……信じてるわけじゃないの」

声は小さく震えていた。


「信じたいだけ」


そう続いた言葉に、どこか幼い祈りのような響きがあった。


「……いいんだ、それで」

アランは、そっと手を伸ばした。


髪に触れる寸前で、その手を止める。

でも、気持ちは届けばいいと思った。


「それで十分だよ」


言い終わると、リィナは泣き笑いのまま一つ頷いた。


あの日、村を焼いた炎は消えない。

でも――

その手を、もう一度伸ばす勇気をこの夜明けがくれた気がした。


遠く、瓦礫を運ぶ人々の声が響いていた。

それが、少しだけあたたかく感じられた。


いつかきっと、信じられる日が来る。


そう思えた。


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