第5話 凸凹コンビは名コンビ??
〜ギルド鑑定員のリベルタス解説コーナー No.4:魔物の基本分類(後編)〜
「……前回の復習は済んでいますね? では、魔物分類の後半四種について解説します。
ここからは“特殊性”が増します。対応を誤れば、簡単に命を落としますから、耳の穴を掃除してから聞いてください。
■ 水棲型
川、湖、沼地、海……水のある場所を主な活動域とするモンスターたちです。
当然ながら水中戦に特化しており、こちらが地上の感覚で動こうものなら――沈みます。
中には氷属性や水圧・水流を操る個体も。浅瀬でも油断は禁物です。
■ 古代獣型(旧称:恐竜型)
太古の時代から存在する、大型かつ強靭な魔物群。
見た目は巨大な竜脚獣や角竜、あるいは猛禽のような姿も。
圧倒的な物理火力と耐久力が特徴です。まともに殴り合うなど、愚の骨頂。
■ 竜種型(ドラゴン型)
説明不要なほどの“伝説級”モンスター。
飛行能力、属性ブレス、魔力制御、知能――持たないものの方が少ない。
人間が単独で討伐に成功した例は、ほとんど“物語”の中だけです。
■ 霊体型(旧称:精霊型)
自然・元素・感情といった“非物質的な現象”から生まれた存在です。
実体が曖昧なため、物理攻撃が通らないものがほとんど。逆に、魔法や精神干渉系の対処が可能かどうかで生死が分かれます。
……可愛い姿をしている個体もいますが、手を出すなら遺書は先に書いておいてください。
「以上が、現在ギルドが定める“魔物の八型分類”です。
もちろん例外や混合種も存在しますが、まずはこの基本が頭に入っているかどうか。
……え? 『全部強そう』? それで正解です。現実の魔物は、あなたの都合に合わせてくれませんから。
次回は……そうですね、魔物個体について扱いましょう。
“見た目がグロい=価値がない”などという勘違い、そろそろ捨ててもらわないと困りますから」
青空の下、リュミエールの城壁を背に、アランとレオンは郊外の草地を進んでいた。
左右には低い茂みが広がり、その向こう、小高い丘のふもとが今回の目的地――ヒールリーフの自生地だ。
「それにしてもさ、お前って植物とか詳しいよな」
アランが肩越しに問いかけると、レオンはすぐには答えず、一拍おいてから淡々と返す。
「お前が無知すぎるだけだ。ヒールリーフの特徴なんて、ギルドの資料にもしっかり載っていた。葉の縁は丸く、表面に細かい毛が生えている。触ればすぐわかるはずだ」
「うっ…でも実物見たことないし。まあ、なんとかなるだろ! とりあえず全部刈ってけばさ!」
「……命が惜しければ、もう少し脳を使え」
レオンは呆れたように目を細めた。
「だってよ、採れなきゃ意味ないじゃん? 間違っててもギルドで確認すれば――」
「ギルドは鑑定所じゃない。ごみ袋抱えて帰っても、馬鹿にされるのがオチだ」
「くっそ、いちいち理屈で正論ぶつけてくるのが腹立つんだよな」
「だったら学べ、アホか」
「……あぁ、ここか!」
アランが目を見開き、歓声を上げた。
広がる野の匂い、木々のざわめき、土の感触――
地図の上でしか知らなかった“外の世界”が、今こうして現実のものとして目の前にある。
胸の奥が熱くなる。心臓が早鐘のように打ち、手足がじっとしていられない。
アランはぐっと拳を握りしめると、まるで弾かれたように一歩を踏み出した。
「よし、行くぞ――!」
勢いそのままに駆け出そうとする――その時
「待て、バカ」
レオンが低く、鋭い声で制した。
ぴたりと足を止めたアランが振り返ると、レオンは冷めた目で言葉を続ける。
「ここから先は慎重に。はしゃぐな、モンスターもいるんだぞ!」
「わ、わかってるよ」
アランは苦笑しながらも、腰を落として慎重に歩き出す。
二人は草をかき分け、一歩ずつ“冒険”の世界へと足を踏み入れていった。
「なぁなあ、これ全部、ヒールリーフなんじゃないか?」
「違う、よく見ろ。似てるだけの毒草や雑草も多い。見分けるには手触り、匂い、環境……総合的な判断が必要だ。初依頼から失敗するつもりか?」
「そんなん、ひとつずつ確認してたらキリがねぇよよし!もう、端から全部――」
アランが短剣を抜き、突進しようとしたとき、レオンが鋭い声で制止する。
「やめろ、バカ!」
その声には、いつになく緊張が滲んでいた。
「全部刈れば、必要な薬草まで台無しにする。他の依頼者や生態系にも悪影響だ」
「…わかった。でも、どうすりゃいいんだ?」
アランが渋々短剣を納めると、レオンは辺りを見回して顎で草むらの奥を示した。
「運がいいな。あそこに、無駄に派手な冒険者がいる。Cランク補助魔術士、メイア・ロセリア。あの人ならコツも教えてくれるだろう」
「だれだ、それ?」
「有名人だ。……見ればわかる」
そのとき、草むらの奥から現れたのは、派手なローブと長い脚を揺らす一人の女性だった。
「おーい、若造ども。さっきから聞いてけどケンカしてるヒマがあったら、一枚でも葉っぱ見つけろ!」
挑発的な声とともに、メイア・ロセリアが登場した。
「……メイアさんですよね?」
「ん、そうよ。あたしがその“無駄に派手な”冒険者。新人くんたち、初依頼で困ってる?」
「薬草のある場所について、教えてほしくて……」
レオンが丁寧に頭を下げると、メイアは意外そうに眉を上げたあと、楽しげに笑った。
「素直でよろしい。可愛い後輩には、ちゃんと教えてあげなきゃね」
そう言って、腰のポーチから新鮮な採取した葉を取り出す。
「ほら。表面には産毛があって、裏はつるっとしてる。折ると甘い香りがするわ、後日当たりが良すぎる場所だと見つからないかもね」
レオンが受け取って観察していると、アランが覗き込みながら鼻をくすぐる。
「おお、マジで匂いする!」
「……顔、近づけすぎだ。」
「ありがとな!メイアさん!」
「どーいたしまして。若い子には優しくする主義なのよ♪」
そう言ってから、くすりと笑う。
「先輩冒険者の真似しながら自分で見つけるのよ? まぁあたしの真似しても、この素敵なセンスまでは真似できないでしょけど♪」
「ああ! 次は絶対にこいつが見つけるぞ!」
「…僕だけか!?」
そんなやり取りに、メイアは肩をすくめて笑い、再び草むらの奥へ去っていった。
それから――
草原に戻ったアランとレオンの動きは、目に見えて変わった。
「おい、これどうだ?」
「……惜しい。縁にギザギザがある。フェイクだ。捨てろ」
「またかぁ、くっそー!見分けるのってムズいな」
「…焦るな。湿った土壌に群生と聞いただろ。日当たりよりも木陰だ」
「了解っ!」
アランは言うが早いか駆け出していく。その勢いにレオンは一瞬ため息をつくが、すぐにあとを追った。
無計画に見えるアランの動きも、いまはレオンの理に支えられている。
「レオン! この草、さっきのに似てるぞ!」
「見せろ。……ああ、間違いない。ヒールリーフだ」
「よっしゃ!」
アランが短剣で丁寧に切り取り、袋に収めた。
「なあ、これってあと何枚必要なんだ?」
「十枚で一束。二束あれば依頼達成だ。倍取れば、報酬も倍だ」
「よっしゃ、夕飯ちょっと豪華にいけるな!」
そう言いつつ、また別の草を摘もうとして――アランは手を止めた。
「……あれ? これはさっきとちょっと違う……葉の形が尖ってる」
「正解。似てるが薬効はない。見てわかるようになってきたな」
「へへっ。俺って頼りになるわ」
「……最初からそうだったら、もっと早く終わっていた」
「わりぃわりぃ!」
笑い声が、風に乗って草原に響いた。
ふたりはやがて、テンポよくヒールリーフを摘み続けた。
そして昼前、二人の袋にはしっかりと束ねられた薬草が、ひと束ずつ収まっていた。
「これで…完了、だな」
「おっしゃー! やったな! な? 俺ら案外いいコンビなんじゃね?」
「……まぁ…予想よりは、ずっと悪くないかもな。」
その言葉にアランはにっと笑い、レオンもわずかに口元を緩めた。
――そして、遠くの茂みの影で、ふたりを見つめる小さな気配があった。風が草を揺らし、その気配は静かに立ち去る。
〜間話〜
タイトル:「引き継ぎ、ってことで」
(道場の縁側。朝の稽古を終えたガレスが、湯呑片手に腰を下ろしていると……)
ダグラス「よう、ガレス。相変わらず石みてぇな顔してんな」
ガレス「てめぇは相変わらず、図体だけデカい犬か。何の用だ」
ダグラス「まあまあ、茶でもくれや。話はそのあと――って、あ。そっちは熱いやつか?」
ガレス「飲め」
(ずず、と湯呑を差し出す)
ダグラス(すする)「……あっつ!! 舌やけどした! なんでこんなに熱いんだよ!」
ガレス「お前が“熱い話”しに来たんだろ。で、アランのことか?」
ダグラス「話が早くて助かるぜ。……あの坊主、ギルドで見たときから目が離せなくてな。昨日、ちょっと手合わせしてよ、見込んで面倒見ることにした」
ガレス「……ふん」
ダグラス「それだけかよ。“よろしく頼む”とか、“あいつは手がかかるぞ”とかあるだろうに」
ガレス「……もう、俺の手から離れたんだ。あとは、信じて託すだけだ」
(間を置いて)
ガレス「それに――お前に任せるってのが、一番ムカつくけど一番安心できる」
ダグラス「……なんだよ、それ。泣けるじゃねぇか。お前が言うと無表情だから逆に怖ぇけど」
ガレス「舌やけどついでに、涙腺も鍛えとけ」
ダグラス「ったく、相変わらず冗談のキレが鈍器レベルだな。ま、しっかり育ててみせるよ、あの若造」
ガレス「――頼んだぞ、“相棒”」
(目を合わせ、無言でうなずき合うふたり。しばしの静寂)
ダグラス「……ところでさ、アランって昔からあんなに反応薄いんか? オレが冗談言っても、だいたいスルーなんだが?」
ガレス「ああ、それは俺が毎日冗談言ってたからな」
ダグラス「……原因お前じゃねぇか!!」