第26話 足取りは軽やかに
夜明け亭の朝――
朝の光が、木製の窓枠を越えて静かに部屋に差し込んでいた。
宿の中には、まだほんのりと温かみが残る朝食の香りと、朝のひんやりした空気が交じり合っている。
リィナは、窓の外に目をやりながら、ゆっくりと起き上がった。
「おはよう。」
彼女は軽く微笑みながら、眠そうな顔をしているアランとレオンに声をかけた。
「なんか、懐かしいな、この感じ。」
この町で何度も目にした朝の風景。疲れが取れて、心が少しだけほっとするひとときだった。
アランは伸びをしてから、にっこりと笑った。
「おう、ここの朝は落ち着くよな。」
レオンもそれに続いて、肩を回しながら言った。
「まあ、騒がしい一日の前にこういう時間があるのは、悪くない。」
三人は宿を出ると、空気が清々しくも冷たさを感じさせる。
ラトールの街は、目を覚ましたばかりのように、どこか落ち着いて静かだった。
どこからか、トロリーがカタカタと音を立てながら市場へ向かっていたり、店の前で露店が開かれる準備が始まっている。
それでも、街の上空に、遠くの方で雷鳴が轟く音が響いていた。
まだ雷雲は見えないが、その音がどこか冷たい風と重なり、不安のようなものを感じさせる。
アラン、レオン、リィナの三人は、何も言わずにその音を耳にしながら、冒険者ギルドへ向けて歩き始めた。
夜明け亭の温かな朝から、だんだんとラトールの街の活気が増していく中、彼らの足音が石畳に響く。
だが、無意識に誰もが背後を気にするような、ひどく居心地の悪い気配が漂っていた。
ギルドの掲示板には依頼の数々が風に揺れていた。
まるで、早く選んでくれたアピールをしてるかのようだった。
そんな中、受付カウンターから軽やかな声がかかった。
「アランくん、おはよう。……昨日はずいぶん派手にやったみたいね?」
書類を抱えたシェリルが、微笑を浮かべながら近づいてくる。
「……すみません、ちょっと抑えきれなくて……」
アランが頭を下げると、彼女はくすくすと笑った。
「いいのよ。むしろ楽しみにしてる人、案外多いんだから」
視線を三人に移し、手元の書類を掲げる。
「ところで、今日は次の依頼探しかしら? 一つ紹介してもいい?」
「はい、お願いします!」
アランが勢いよく応じた。
「なら――ちょうど“メルティ村”への物資搬送の依頼があるの。ランクはE相当で、今回は同伴パーティがいるわ。『朱ノ花』っていう女性だけのパーティ、かなり評判いいのよ」
すると、ギルド奥のテーブルから四人の女性が立ち上がった。
赤い装飾をまとった装いに統一感があり、それぞれが凛とした雰囲気を纏っている。
先頭の長身の女性が一歩前に出た。
漆黒の髪と切れ長の瞳、緊張感を漂わせた鋭い眼差しが三人を射抜く。
「『朱ノ花』リーダー、レーネ・ヴァルドだ。同行、よろしく頼む」
「こちらこそ。よろしくお願いします」
レオンが丁寧に一礼すると、隣のリィナが目を輝かせた。
「うわぁ……なんか、みんな綺麗すぎて眩しい……!」
リーダーのすぐ隣では、短剣を腰に下げた無口そうな女――シャイナが、無言のままこちらをじろりと値踏みするように見ている。
一方、後ろのほうで赤毛の小柄な少女が楽しげに手をひらひら振ってきた。
「爆発は正義~! よろしくねぇ!」
「……あ、はい……よろしく……」
アランが圧倒されつつも頭を下げると、最後に控えていた小動物のような雰囲気の少女が、小声で口を開いた。
「……傷の手当ては早めに言ってくださいね。すぐ動けなくなりますから……」
「……ありがとう、気をつける」
レオンが真剣な顔で頷く。
「先輩パーティとの同行か。無駄がなくていい判断だな」
「俺たちも、負けてらんないな!」
アランが胸を張って答えると、リィナも意気込むように腕を組んだ。
「よーし、いいところ見せなきゃね」
するとレーネがきっぱりと言い放つ。
「出発は一刻後だ。荷物を整えて、街門前で集合とする。遅れるなよ」
「了解です!」
元気よく応じたアランたちは、さっそくギルドで書類をまとめて提出すると、市内へと足を向けた。
魔道具市場の露店が並ぶ通りを抜け、冒険者街区では新たな武具を冷やかしながら、準備を整える。
新しい武具や回復薬を物色するリィナ。
杖の補強素材を探すレオン。
店先の風属性強化の護符に目を輝かせるアラン。
――やがて、メルティ村への旅立ちの刻が近づいていく。
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