第21話 名家に眠る密かな噂
静かな白い天井が、どこまでも冷たく映った。
医務室の空気は静寂に包まれていた。
目を開けたアランは、一瞬、自分がどこにいるのか分からなかった。
全身が鉛のように重い。
「……気がついたか」
低く渋い声が枕元から落ちてきた。
視線を動かすと、包帯を巻いた腕を膝に置き、バズが座っていた。
「訓練場は半分壊れた。まあ……どうにか修理できる範囲だ」
言葉とは裏腹に、その目は少しだけ安堵の色を宿している。
アランは唇を震わせた。
「……ごめんなさい」
「謝るのは後だ。まずは確認だ」
無言で、測定器が差し出される。
おそるおそる手を乗せると、針がゆっくりと回っていく、わずかしかなかった魔力が増えていた。
それは、昨日まで自分が知らなかった力の色。
「……充分だ」
バズは深く息を吐いた。
「魔力ははっきり引き上げられた。あとは――使い方を学ぶだけだ」
しばらく黙った後、バズの目が鋭くなる。
「つかぬことを聞くが……オーガストレイ家と何か関係はあるか?」
「オーガストレイ……?」
アランはかすかに首を振った。
「知らない。ただ……“アレン”って人に間違われたことは、何度かある」
「……そうか」
短く言って、バズは目を伏せる。
「まあいい。お前が何者でも、やることは変わらん」
ゆっくりと立ち上がると、痛む体を引きずるように一歩踏み出した。
「訓練場はしばらく使えん。修理が済むまで、自主練習だ」
「ただがむしゃらに剣を振るだけじゃ、何も身につかん。基礎を徹底的に叩き込め」
アランは小さく頷く。
「魔法のことは……仲間のレオンに教わるんだな」
「はい」
バズは、しばらくアランを見つめた。
その目は、初めて会った日よりもずっと深く、強くなっていた。
「次は……何があっても自分で止めろ」
その一言が、胸に重く突き刺さる。
「……わかりました」
アランはゆっくりと瞳を閉じる。
(必ず……)
(この力を、自分のものにする)
扉が閉まると、やわらかな気配がそっと近づいた。
レオンが椅子を引いて、横に座る。
「……魔法のことか」
静かに言うと、少しだけ微笑む。
「やってみるか?」
「……ああ、頼む」
声はかすれていたが、その瞳には決意の光があった。
レオンが立ち上がり、窓の外を一瞥する。
「じゃあ、ひと休みしたら……酒場にでも行こう。リィナも待ってるだろう」
アランは小さく笑った。
夜の灯が少しだけ近くに感じられた。
木のテーブルに三つのジョッキが並び、ランプの明かりが琥珀色の酒を照らしていた。
騒がしい店内の片隅、アランたちはようやく一息ついていた。
「……で、あんたさ」
リィナがジョッキを傾け、アランをじっと見つめた。
「オーガストレイって、あの騎士団長家のオーガストレイでしょ? 桜虎騎士団。もしかして本当にすごい血筋なんじゃないの?」
アランは肩をすくめ、困ったように笑った。
「さあ……俺には分かんないよ。そんな記憶、ないし……」
「ふぅん……」
リィナは意味深に目を細め、からかうように言った。
「もしかして隠してんじゃないの? あんた、虎の威を借る子犬。本当にいや子虎だったりして?」
「やめろよ……!ライサさんみたいに言うなよ。」
アランが真っ赤になり、レオンが横でくすっと笑った。
「……騎士団の家系ってだけだろ。何が凄いんだか」
話題を変えるようにレオンが問いかけた。
リィナは待ってましたとばかりに指を折りながら語り始めた。
「いい? 神聖リヴァレス王国の七騎士団は、七大公爵家が治める騎士団で、王国軍の柱みたいなもんよ。本当は七つ……いや、今は六つね」
「……六?」
アランが目を瞬かせる。
「朱猿騎士団、カルモンテ家が半年前に没落したのよ。反乱鎮圧のとき、味方の領地を焼き払ったって言うのよ……」
レオンが眉をひそめた。
「そんなこと、あり得るのか…」
「まあ、『反乱の疑い』ってことになって追放、没落したのよ。これで今は六騎士団よ」
リィナはジョッキを置き、指を一本立てる。
「一番の特徴は七大公の名家には伝統的な力があると言われているの!桜虎騎士団、オーガストレイ家――勇気の象徴。野生の力。瞬発力と、そして威圧だったかな。」
「…次」
「藤鷹騎士団、ヴァルトリア家。忠誠の象徴。大気を制し、鷹の目で敵を捉えると言われてるわ」
「銀蛇騎士団、シルヴァリス家。理性の象徴。精神攻撃に長けた冷たい毒攻撃の持ち主らしい」
「白牛騎士団、バルモーラ家。慈愛の象徴。巨牛の力で地を守る、大地の守護者みたいね」
「黒亀騎士団、オルターク家。忍耐の象徴。亀の防御、硬化の術、それに時の静寂を司る防御の王様なんて言われてる」
「金馬騎士団、ガルデオン家。献身の象徴。スピードに特化してて、守護の力も備わってる、みんなの憧れよ。」
「そして、最後に幻の第七――朱猿騎士団、カルモンテ家。希望の象徴……猿のように身軽で、大猿の守護者と呼ばれてたの。」
リィナはひと息つき、酒を流し込んだ。
「とにかく血統因子に根ざした“力”がある。アラン、あんた……その血を持ってるなら、そりゃ本当にすごいことなのよ!」
アランは俯き、指先でジョッキの取っ手をいじった。
「でも、俺には関係ない。今の俺は、ただの一般市民で育った、新人冒険者だ」
リィナは肩をすくめ、笑った。
「なんにせよ。知っておいて損はないわ。」
レオンは静かに、そしてどこか意志を宿した目でアランを見た。
「でも、君の可能性は広がった。これから、もっと強くなれる。」
酒場のざわめきの中で、アランは胸の奥に小さな炎が灯るのを感じた。




