第4話 酒場での洗礼
いきなり、忍びよる影が登場!誰だこいつ!!
「おい、若いの。俺とも手合わせ願おうか」
アランが振り返ると、筋骨隆々の中年男が腕を組んで立っていた。背は高く、無精髭に傷跡の残る顔、年季の入った革鎧。どこか懐かしい獣のような迫力があった。
「誰だよ、おっさん……」
「ガッハッハ! おっさん言うな、俺はまだピチピチの四十代だ!」
男は笑いながら腰の木剣を抜き、アランに放る。
「ほらよ。いくぞ?」
「……いいぜ。後悔すんなよ?」
木剣を構えると、二人は即席の立ち合いを始めた。訓練場よりずっと狭い酒場の空間に、緊張が走る。常連たちが面白そうに輪を作って見守る中、アランは間合いを詰めながら男の太刀筋を観察する。
力強い打ち込み。速さもある。だが、どこか無骨で粗削りだ。
「ふっ!」
アランの鋭い突きが、男の脇腹すれすれに止まる。
「おぉっと……こいつは驚いた」
男が手を止め、木剣を肩に担ぎながらにやりと笑った。
「黒髪の坊主……お前、もしかしてガレスの道場か?」
「親父だよ。知ってんのか?」
「やっぱりな。あの踏み込みはガレス譲りだ。……いい筋してる。精進しな」
(ガレスのとこのガキっていやぁ、あの野郎が楽しそうに話してたな。)
そう言って男は木剣を返し、ポンとアランの肩を叩いた。
「そうだ。冒険者証を受け取ったら、向かいの定食屋に来い。腹も減ったろ」
ギルドカウンターの奥。
手続き書類を一通り確認し終えたリゼットが、無言のまま数枚のカードを手に取った。
「……登録処理、完了したわ」
彼女は一人ずつの名前を確認するように目を走らせると、冒険者証を静かに差し出した。
「はい、これがあなたたちの冒険者証よ。今日から、れっきとした冒険者――ランクは、全員G」
アランはそれを両手で受け取り、しげしげと見つめた。
目を輝かせ、口元をゆるませながら。
「うおお……! 本物だ!すげぇ……!俺、冒険者になったんだ!英雄になる第一歩だっ!」
まるで子どもが誕生日プレゼントをもらったかのような、無邪気な歓喜だった。
しかし――
「……ハハッ」
隣でそれを見ていたレオンが、鼻で笑うように声を漏らした。
「誰が英雄になるって? まさか、お前が?」
アランがキョトンとした顔で振り向くより早く、彼は軽く肩をすくめながら続ける。
「バカも休み休みに言え。一生Gランクのままゴミ依頼を回ってなよ。
……というか、リゼットさん。ひとつ提案がある」
レオンはカードを指先でくるりと回し、カウンターに軽く置いた。
「このアホの冒険者証、没収できませんか?
正直、同じランクにいると思われるのも苦痛なんだけど」
「お前……!」
「そうね……そうしようかしら?」
レオンの眉がぴくりと動く。
が、次の瞬間。
「――なんてね。冗談よ」
リゼットは、口元にうっすら笑みを浮かべながらも、目だけは笑っていなかった。
そして、そのまま短く、きっぱりと言い放つ。
「戦闘だけじゃ、冒険者は務まらないのは事実。
でも――弱いままランクを上げようとするのは、自殺行為に等しいわ。
勉強して、経験を積んで、少しずつ学ぶの。魔法も、戦い方も、自分の限界も」
その言葉は、アランにもレオンにも、等しく向けられていた。
「無知でも始められるけど、無知のままじゃ死ぬだけよ。
……そうならないように、あなたたちはまず“Gランク”から始めるの。
身の丈に合った依頼をこなしなさい。地味でも、確実にね」
沈黙が落ちる。
「明日の朝一番に、またこのカウンターへ来なさい。初依頼を用意しておくわ」
「了解ですっ!」
アランが勢いよく手を挙げた。
「俺は朝に強いんで、いつでも行けますよ!」
ドランが胸を張って自信満々に言い放つ。
「……私は朝が弱いんだけどなぁ。お昼くらいでも、いいんじゃない?」
ティナがぼそっと呟く。でも、その口元には楽しげな笑みが浮かんでいた。
そんな中、レオンは依頼掲示板から目を離さず、ぽつりと口を開く。
「明日が――本当の始まりだ。自分の力、ちゃんと確かめておくといい」
「よしっ、この四人で誰が一番早く昇級できるか、勝負しようぜ!」
アランが拳を握って叫ぶ。
「……僕に決まってるだろ。勝手にやってれば?」
レオンが肩をすくめながら、あっさりと言い返した。
その様子を、カウンターの奥からリゼットがそっと見つめていた。
騒がしくもどこか初々しいやりとりに、自然と頬がゆるむ。
「ふふ、明日から、また一段とにぎやかになりそうね」
小さく呟いたその声は、誰にも聞こえなかったが――
その瞳には、確かな期待と優しさが宿っていた。
定食屋〈陽だまり亭〉の店内は、香ばしい肉の匂いと赤果酒の甘い香りに包まれていた。
アランとダグラスはカウンター席に並んで腰を下ろす。
「で、おっさん、用ってのは?」
「おっさんおっさん言うなっつの」ダグラスは苦笑しつつも、どこか楽しげだ。
「ま、いいさ。名前くらい教えてやる。ダグラス・バーンハルトだ」
「俺はアラン!さっきの剣かなり重かったぜ!」
「おうよ。これでも元・Bランクだぜ、今はヘマしてCランクだけどな」
注文を取りに来た看板娘のミーナが笑顔で声をかける。
「いらっしゃい!,ねぇ今日は奮発して魔猪の角煮定食なんてどう? 銀貨一枚だけど!」
「たっけぇな!もっと安いのある?手持ち少なくてさ」
「銅貨三枚のスープ定食もあるけど、それにする?」
「金は気にすんな、今日は俺が出す。ほれ、同じのでいいか?」
「いいのか!?ありがてぇ!サンキュー!」
しばらくして料理が運ばれてくる。
湯気の立つ角煮定食と、透き通ったスープ。ミーナがにっこり微笑む。
「新人さんも、いっぱい食べて、ちゃんと強くなってね!」
食事の最中、扉が勢いよく開く。
「よぉ、ダグラスのおっさん! また新人のお守りか?」
現れたのは、背丈も態度もでかい冒険者。巨大な槍を肩に担ぎ、胸を張っている。
「おう、未来の英雄サマじゃねぇか!」
「誰?」アランが眉をひそめる。
「俺はガロス・ジェイド様だ! Fランク筆頭の“天才槍使い”だぞ!(自称)」
ガロスが得意げに構えるが、ダグラスが一喝。
「ガロス。武勇伝は、飯のあとだ。新人に絡むのはいいが、ここは定食屋だ、まずは槍をおろせ。」
「い、いや……すまん、つい……」
アランがくすっと笑いをこらえると、場の空気がふっと和らいだ。
しばらく食事を続けたあと、アランがふと真顔になる。
「なぁ、おっさんはなんで俺に声掛けたんだ? 親父と何かあんのか?」
ダグラスは酒を口に含み、静かにグラスを置いた。
「さっきの手合わせで分かった。踏み込み、構え、気迫……ガレス譲りだった」
窓の外を見つめながら、ぽつりと呟く。
「ガレスはなぁ昔、一緒に命を張った男だ。……あいつの息子だ、気になるのはしかたないだろ、お前にとっても悪くない話だろ?」
(失踪したあの野郎にも、頼まれてるってのは言えないか)
ミーナが笑いながら小皿を並べていく。
「お兄さん、もっと食べてって! 歩けなくなるくらい、ね!常連さんになりそうだからサービス!」
「お!いただきます!」
アランは目の前の食事に目を輝かせながら箸を動かす。
するとダグラスが、ふと真剣な眼差しで言った。
「いいか坊主。夢を追うのはいい。だがな、死んじまったら夢もくそもねぇ」
「……」
「前に出るのは、お前みたいな剣士の役目だ。だが生きて帰ってこそ、冒険者だ」
その言葉には、幾度となく生死をくぐり抜けてきた者だけが持つ、重みがあった。
沈黙ののち、ダグラスがふと問いかけた。
「そういや、泊まる宿は決めてあるか?」
「いや、帰ってくるなって言われたし、ギルドの近くで安宿でも探そうかと……」
「なら、着いてこい。俺の馴染みの宿がある。安いが、飯はうまい。冒険者にも優しいぞ」
「おぉ!助かる!」
「ああ。先輩から後輩への教育ってやつだ。安心しろ、もちろん部屋は別だ」
アランは立ち上がり、茶碗と箸を揃えて一礼した。
「おっさん!ご馳走さん!」
「おう!またいつでも奢ってやる。その代わり、いつか誰かに返してやれ」
外はもう、夜の帳が街を包み始めていた。
石畳を踏みしめながら、アランは一歩一歩を噛みしめるように歩く。
その隣に並ぶダグラスの背中は、大盾のように頼もしかった。
夜の帳が下りる頃、ダグラスに連れられてアランがたどり着いたのは、ギルド近くの石畳の路地にある宿屋《金の鹿亭》だった。
年季の入った木の看板には、跳ねる金色の鹿が描かれている。
あたたかな灯りが窓から漏れ、通りを照らしていた。
「ここか!雰囲気あるなぁ!」
中に入ると、木の香りが心地よく漂い、炉の火が柔らかな赤を宿の中に広げていた。
カウンターには、体格のいい無骨な男が腕を組んで立っていた。目が合った瞬間、彼は破顔する。
「おう、ダグラス! 今日は遅かったな!死んだかと思ったぞ」
「誰がこの歳で死ぬか。なぁバロス、お前んとこに新人を一人頼む」
「おう。ま、気楽に使ってくれ。宿代は特別割引、若ぇ奴には銅貨5枚でいい」
「そんなに安くていいのか!?」
アランの驚きに、カウンターの奥から顔を出した少女がにこっと笑った。
「うん。若い冒険者にはサービスなの! 私はリーゼ。朝ごはんはしっかり食べてね、美味しいよ!」
部屋に入るなり、剣を丁寧に壁に立てかけ、ベッドに腰を下ろしたときには、全身から力が抜けていた。
「俺もいよいよ、冒険者になったんだな」
天井を見上げてぽつりとつぶやいた声は、誰に届くこともなく、静かに眠りの中へと溶けていった。
〜間話〜
タイトル:「あのガキ、化けるな」
(ギルド裏手の工具室。グランがハンマーで剣を整えている)
グラン「……ほう、今日は折れてねぇな。坊主も少しは剣の扱いがマシになってきたか」
(そこへ、でかい盾を背負ったダグラスがのっそり入ってくる)
ダグラス「おう、グラン。あの若造の剣、また見てやってくれたのか?」
グラン「仕方ねぇだろ。あのガキ、毎回“俺、次こそ勝ちますから!”とか言って、剣だけ先にボロボロにしてくんだからよ」
ダグラス「ははっ、根性だけはあるからな。昔の俺にそっくりで泣けてくるぜ」
グラン「お前の場合、根性より脳筋度が似てたって評判だったがな」
ダグラス「うるせぇ。盾で頭ぶっ叩くぞ」
グラン「やるなら真ん中狙え。外すとこっちの壁が壊れる」
ダグラス「じゃあ遠慮なく……って、冗談だよ冗談」
(ふたりでわははと笑い合う)
グラン「……でも、マジな話。あの坊主は化けるぞ。剣筋の荒さに芯がある。あとは経験と、なにより“折れない心”だ」
ダグラス「へっ、そう思うだろ? だから、一人前になるまでくらいは俺が守ってやらねぇとな」
グラン(ニヤッと)「それだけか? 心配しすぎて、靴ひもまで結んでやりそうな勢いだぞ、お前」
ダグラス「ははっ……それくらい、見込んでるってこったよ」
グラン「……ま、いい先輩を持ったな。あのガキ」
(ふたり、どこか照れくさそうに腕を組む)
ダグラス&グラン「ま、まだまだガキだけどな!」
読んでいただきましてありがとうございます。
おっさんの人の良さを書きたかった。
冒険者になった時の親みたいな。
ダグラスさん、面倒見てあげてくれ〜
次回は、初の依頼を受けるアラン!なんの依頼かな?
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まだ、どちらも0で、寂しいんです。。。