第17話 氷に封じた想い
錬金術師ギルド・ラトール支部
王都に比べれば小規模だが、それでも複数の研究室や調合所が立ち並び、淡い薬品の匂いが漂う館内には、白衣姿の職員や研究者たちの足音が絶えなかった。
扉を開けて中に入ったレオンは、少しばかり緊張した面持ちでカウンターに向かう。
その受付に座っていたのは、エレガントな制服姿に身を包んだ若い女性――カローナ・ピンデルだった。
彼女はレオンの姿を見て、にこりと柔らかく微笑んだ。
「ようこそ〜錬金術師ギルドへ! あら…魔術師さんかしら?お初のお客様ですね。」
「はい。えっと……杖の修理、または新調を相談したくて。できれば、魔力伝導率の高いやつを……速度をもっと上げたいんですが、ここで出来ますか?」
カローナは瞬時に目元の笑みを深くした。
「ふふ……なるほど。うちで出来るわよ。若いのに熱心でよろしい♡ お客様はどんな属性が得意かしら?」
「氷属性が主です。あと、闇属性も少しは使える」
「ほほぅ、氷と闇、ですって?ダブルかぁ」
カローナは眼鏡を押し上げながら、何やら裏のファイルを取り出してパラリと捲る。
「それなら……ふふ、ちょうどぴったりの魔導技師が空いてますわ。あの子、ちょっと癖はあるけど腕は確か。魔道具と薬品、両方の天才的な腕前なのよ」
「紹介してもらえますか?」
「もちろん! 研究室Aの三番。彼女、ちょうど今、新素材の調整中だったと思うけど……“運が良ければ”怒ってないはず♡」
レオンが困惑しかけたその瞬間、カローナが指先でくいっと彼を手招きした。
「名前だけ、伝えておくわね。みんな“リリア”って呼んでるの、覚えておいて損はないわよ?」
「……リリア、さん」
レオンは頷くと、案内された研究室へと足を向けた。
錬金術師ギルドの研究室、その奥。
棚には試験薬と魔道具の設計図、中央には複雑な装置が並んでいる。
「失礼します、レオン・ヴァルトハイトと申します。魔導杖について相談がありまして――」
扉の向こうから届いた声に、リリアはふと手を止めた。
(この声……)
ゆっくりと扉が開き、一人の少年が現れる。
氷の魔力がわずかに揺らめくその気配。細身の体格と、鋭い眼差し――
(……やっぱり。あの時の、少年)
仮面越しに見たあの瞳と、同じ色。
心の奥に閉じ込めた記憶が、不意に胸を突く。
「杖の調整?それとも新調かしら?」
平静を装って、彼女は微笑んだ。
「できれば修理して、よりパワーアップしてほしいと考えてます。よろしくお願いします」
(綺麗な人だ、でもどこか冷たい。)
レオンは礼を述べ、持参した杖を差し出した。
「この杖……もう修理はできないわ、完全に芯が折れてる。それに出力が高すぎて焦げついてるわ。使用者の魔術に追いついていないわね」
リリアは手袋を外し、慎重に触れる。微かな氷の粒子が舞う。
「今よりも強くなりたいんです。より正確に、速く、魔力を制御できるものを」
「属性は?」
「氷と闇です」
その言葉に、リリアの指がわずかに止まる。
(……そう、同じなのね。)
氷と闇――彼女の大切な人も、かつてその適性を持っていた。
制御に苦しみ、最後には――
「何か?」とレオンが問う。
「いいえ。なんでもないわ」
目を細め、微笑む。
「杖は新しくしましょう。新しい杖の設計するわ、ちょうど、新しい論文で魔力経路に関しての発表があったの。試してみたいから協力してくれる? まずはあなたの魔力の流れを詳しく知りたいの」
「……構いません」
(魔力経路の論文か、気になるな)
「じゃあ決まりね。これから何度かテストするけれど、耐えてもらうわよ?」
その声色はどこか楽しげだった。
(あなたは、あの子じゃない。でも……)
ギルド裏手の魔法訓練場。
魔力を遮断する結界に囲まれた静かな石畳に、白銀の光が差し込んでいた。
「さあ、見せて。あなたの魔法を」
凛とした声とともに、リリアが歩を進める。
冷たい風に銀髪が揺れ、薄青のローブが氷のように美しくきらめいた。
レオンは、手にした杖をゆっくり構える。
「……〈凍てつく連鎖、逃れられぬ楔――《零域式魔術・結縛連鎖》」
次の瞬間、凍てつく奔流が地を這い、標的の訓練人形を瞬時に包み込んだ。
美しい氷の鎖が絡み一瞬で凍てつかせる。
リリアは、その様子を見つめながら小さく頷いた。
「なるほど……魔力の波長に寄せて、魔法を“制御”するように発動しているのね。珍しい使い方ね。というより初めて見るわ」
(これだと、杖を通すと魔力が焦げつくのも納得だわ)
「普通の詠唱式は……どうも僕には合わなくて」
レオンは目を逸らしながら言う。
「でも、それだけじゃもったいない。ちょっと、私の真似をしてみて」
リリアは手に杖を取ることなく、指先を滑らせるように空間へ魔法陣を描いた。
「《アイスリーフ・ミラージュ》」
氷の羽が舞うように空を滑り、幻のような残像を幾重にも残して標的を撃ち抜く。
まるで舞うように、美しく、精密な魔法。
その一瞬――レオンは、言葉を失っていた。
(なんて、綺麗なんだ……)
魔法の構築、力の抜き加減、無駄のない制御。
何より、彼女の立ち姿と指先から放たれる冷たい光に、レオンの胸がざわめいた。
「あなたの魔力には、芯がある。少しずつ整えていけば、もっと良くなる。」
そう言って、リリアは優しく言葉をかける。
「氷魔法についても教えてくれませんか?。リリアさん。僕に、あなたのやり方で」
ふと彼女の瞳がわずかに揺れた。
だがすぐに表情を戻し、静かに頷く。
「いいわ。条件が一つある」
(この子になら、私の全て教えても扱えるかも)
「……条件?」
「“氷魔法に、感情を乗せてはならない”。それが、私の教え。いい?」
レオンは一瞬だけ戸惑う。
けれど、すぐに真剣な眼差しで頷いた。
「はい」
「じゃあ、今日から指導する。しっかりついてきなさい」
微笑むリリアの横顔に、どこか寂しげな影が差していた。
けれどそれは、レオンにはまだ気づけない。
――この出会いが、彼女の「凍った心」を少しずつ溶かしていくのだと。




