第16話 頼れるシーフのお姉さん
冒険者ギルドの受付カウンター前。シェリルは依頼表の束を手早くめくりながら、アランたちにちらりと視線を送る。
「夕方までには戻りたいんでしょ? じゃあ、このあたりがいいかな……あった。草原地帯の《グラストウィスプ》の討伐依頼。数が増えすぎて農地に被害が出てるみたい。討伐数は三体、依頼主は近くの農家。軽めのやつよ」
「それで十分です!」
アランは力強くうなずき、隣のリィナに視線を向ける。
「いい? 君、足手まといにならないでね?」
リィナはにやりと口角を上げ、腰の小太刀に指をかけた。
「身体がまだ万全じゃないけどよろしくな!」
そして数時間後――
緑風がそよぐ草原地帯。空は穏やかに晴れわたり、遠くで鳥の声が響いていた。
二人は岩陰に身を潜め、慎重に目を凝らす。
「……いた。あれが《グラストウィスプ》か」
アランが指差した先、薄緑色の毛並みをした兎型の魔物が、草を食んでいた。
群れの数体が、風に溶けるように軽やかに跳ね回る。
「見た目は愛嬌あるけど、素早さが厄介ね。下手に斬りかかると、全部散らばるわよ」
リィナは岩の上に片膝をつき、腰から細い縄を取り出した。
「え、それ何?」
「《静音ワイヤー》。音を立てずに距離を詰めて足を絡めるの。――ま、見てなさい」
リィナは息を殺すと、茂みを駆ける。一切の足音も気配もない。
(……消えた?)
アランの目に映るのは、風に揺れる草と、かすかな影だけだった。
最も警戒心の薄い個体の背後に、リィナは一息で回り込む。低く跳ね、無言でワイヤーを足に絡める。
「――逃がさないわよ」
ピンと張られたワイヤーが地面を打つ。獣が跳ねようとした瞬間、その脚が絡まり、もつれ落ちる。
リィナの小太刀が一閃。断末魔もなく、魔物は倒れた。
「はい。一体目、しゅうりょーう」
立ち上がったリィナの目に、冷静な光が宿る。
周囲のグラストウィスプが一斉にざわめき、草を揺らして逃げる気配を見せる。
「アラン、陽動お願い。二体は私が仕留める」
「了解!」
アランは飛び出し、わざと足音を立てて群れを散らす。逃げ惑う魔物たちが、二手に分かれる。
――その刹那、茂みから矢のようにリィナが飛び出す。
「……次」
小太刀が二閃。跳ね上がる個体の腹を浅く切り裂き、すかさず体を押し倒すように止めを刺す。
静音と正確無比の連撃――まるで影が戦っているかのようだった。
最後の一体も、アランが崖際へ追い込み、リィナが低空から跳びかかる。
「――終わり」
軽やかに着地すると、乱れた髪をかき上げる。
その表情にはわずかな達成感と、隠しきれない余裕があった。
「三体、討伐完了」
「……やるなぁ、リィナ」
アランはぽつりと呟き、額の汗を拭った。
「ふふ。ちょっとは信用してくれそう?」
「おう。…ちょっとだけな!」
「はあ? なにその“ちょっと”って。子犬くんのくせに生意気」
アランは得意げに胸を張り、肩でリィナを突いた。
「な? 俺の突撃、悪くなかっただろ?」
リィナは呆れたようにため息をつく。
「悪くはなかったけど、あれは敵が弱かったから通じただけでしょ。毎回全力で突っ込んでるだけだと、簡単に命を落とすわよ」
「んだよ、ちょっとは褒めてもいいんじゃえねか」
「褒めてほしいなら、まずは自分の実力を把握してから行動しなさい」
アランはしばらく黙って歩き、草を踏む音だけが続いた。やがて、不意に口を開く。
「……でもさ、リィナがいてくれるなら、ちょっとぐらい突っ込んでも平気だろ?」
リィナは苦笑して首を振る。
「調子のいいこと。私は保護者じゃない。あんたの無茶を帳消しにするために戦ってるわけじゃないのよ」
「へーへー。わかりました、先輩冒険者さま」
茶化すように肩を突き返すと、リィナの口元がわずかに緩んだ。
「まあ……今日のところは及第点、ってところね」
「よっしゃ、先輩からの及第点いただきました!」
アランは両手を振り回しながら
「なあ、俺たちもコンビネーション技とかあったらカッコよくね? 俺が突っ込んで、リィナが魔法で援護するとか!」
リィナは足を止めて、じろりとアランを睨む。
「……言っとくけど、私はシーフ。魔法なんて一滴も使えないわよ」
「えっ、そうなのか?」
「そうなのか、じゃないの。そもそも魔法は向き不向きがあるし、才能と訓練が必要。コンビネーション技も、あんたには当分、無理ね」
「なんだよ、それ! まだやるとも言ってねえのに!」
「相手に合わせたり、状況を読んで動くのが苦手な人には、絶対向かないって話」
アランは図星を突かれて黙り込み――それから強がりの笑みを浮かべる。
「じゃあ、魔法抜きでいい。俺が突っ込んで、お前が敵の背中を刺す! これなら出来そうだろ?」
リィナは小さく笑って、肩をすくめた。
「それ、コンビネーション技なのかな?子どもみたいな発想。でもまあ、的外れでもないかもね」
二人の笑い声が、草原を渡る風にさらわれていった。




