第15話 新たな灯火
翌朝、ラトールのギルド支部――
朝の光が差し込む受付横のラウンジに、アラン、レオン、リィナの三人が揃っていた。
窓の外では、ラトールの街が目を覚まし、忙しなく動き出している。
露店では食料を売る声が響き、広場では足早に歩く市民たちの姿が目に入る。
まるで何事もなかったかのように、街はいつもの活気に満ちていた。
太陽の光が、色とりどりの店先に反射して、明るく温かい雰囲気を作り出している。
けれど、その光の中にも、微かな冷たさを感じる瞬間があった。
ラトールの街は、どこか底冷えするような不安を抱えている。見上げると、商店街の高い建物が立ち並び、表通りの賑わいを見せているが、そこには隠された暗闇がある。
小道を曲がれば、もう誰もいないような静かな通りが広がっていて、壁に張りつく影の中に目を凝らすと、誰かが不審に動いているのを感じる。
アランたちが座っているラウンジの向こうにも、どこかぎこちない空気が流れている。
ギルド支部の職員たちは、表向きは笑顔を見せているが、その目はどこか焦っているようにも見えた。
誰かが見ているような、知らない何かに追われているような――
どこか深いところで、街の根っこが震えているのを感じていた。
「さて……これから、どうする?」
先に口を開いたのはレオンだった。昨日の怪我はほぼ癒え、多少の痛みを残す程度にまで回復していた。
「俺は、バズさんに訓練をつけてもらうことになった」
アランが拳を握って言う。その目には昨日の敗北と悔しさがまだ残っていた。
「正直、またあんな目に遭うのはごめんだ。でも、今のままじゃ守れないからさ。……力をつけたい」
「うん、いい判断だと思う。」
レオンが頷く。「僕は錬金術師ギルドに行くよ。新しい杖を作ってもらわないと、それにちょっとでもスピードを上げたい。」
「へぇ。ちゃんと理屈で動ける男は違うわねぇ」
リィナがニヤリと笑いながら、レオンの肩をぽんと叩いた。
「で、リィナは?」
アランが聞き返すと、彼女はしばし顎に指を添えて考え込む素振りをした。
「うーん……そうねぇ。アランと二人か…どうしようかな~。利用しすぎても壊れそうだし……」
「お、俺は魔導具じゃないからな!?」
「……冗談よ」
そう言いながらも、リィナの視線にはどこか真剣な色が混じっていた。
「とりあえず、今日はあんたの様子を見させてもらう。今後どう“扱う”か、判断してから決めるわ」
「……扱うってなんだよ……」
リィナは明確な答えを出さないまま、肩をすくめて笑った。
(今後の為にも、実力も見ておかないと)
「じゃ、まずはギルドの掲示板でも見てこようかしら。どんな依頼があるのか、チェックしとかないとね。……ほら、ついてきなさい、子犬くん」
「またそれかよ!」
ラトール冒険者ギルド、受付カウンター。
朝の混雑もひと段落し、書類を片付けていたシェリルがアランたちに気づいて顔を上げた。
「おっはよー、アランくんにリィナちゃんも。さっそく一緒なのね?」
(あら、リィナちゃんのあんな楽しいそうな顔、はじめてね。)
「おはようございます!」
アランが元気よく挨拶を交わす。
「えーと、バズさんに、訓練をお願いしたいんです!昨日、そう言われて……」
「あー、マスターね。最近ちょっと騎士団とのやり取りでバタバタしてて。昼間はたぶん無理かなあ。夕方以降なら時間取れると思うよ。伝えとくね」
「助かります!」
シェリルは軽く頷いたあと、にっこりと笑みを浮かべる。
「でもその前に、やることがあるでしょ?――はい、属性検査と魔力測定!」
「え、今!?」
「今だよ、君の話聞いたら、興味しかないよぉ、ずっと気になってたのよねぇ。あれからちょっと魔力上がったんじゃないの?」
「あー……その、たぶん……ちょっと、かも?」
シェリルにぐいぐい押され、アランは渋々、受付カウンターで属性検査を受けることに透明な水晶が取り出された。
「じゃあ、前と同じように手を置いてー。はい、リラックス、深呼吸~」
アランがそっと手をかざすと、水晶の中がすぐに色づき始めた。
淡い緑――風属性の象徴。前回よりも鮮やかに映し出されていた。しかし、今回はそれだけではなかった。
緑の中に、赤い閃光のような筋が混ざっている。それはまるで、火のように揺れ、中心に燃えるような“核”が見える。
「……あれ?」
シェリルが目を細めて、水晶を覗き込む。
「リゼットに聞いた時はシングルだって、君って風属性だけだったよね? いや、これは……火……?」
(あら?珍しい、やっぱり面白いわね、この子)
彼女は少し沈黙したあと、ぽつりとつぶやく。
「もしかして――ダブル? 二属性適性?」
アランは驚いたように手を引っ込める。
「えっ、そ、そんなことってあるんですか?」
「普通は滅多にない。でも、稀に“成長”や“刺激”で潜在属性が顕れるケースもあるの。」
「昨日、派手にやられたからですかね?」
「……それかな?何か“扉”が開いたのかもね」
シェリルは腕を組み、珍しく真剣な表情で考え込んだ。
「とりあえず、今日の検査結果は記録しておくわ。後でバズさんにも見せとく」
「ありがとうございます!」
「あとで試してみるといいよ。火属性の基本魔法、何か使えるかも。いざという時の武器になるから」
アランは、まだ実感の湧かないまま、自分の手のひらをじっと見つめた。
そこに、確かに――昨日まではなかった“可能性”が宿っているような気がした。




