第14話 リィナ加入!シーフの美少女爆誕!
誰もいない倉庫の一角。壁に背を預けていた女は、黙って封筒を受け取った。
封を切り、目だけで中身を読み通す。少しだけ口元に笑みが浮かぶ。
「……ふうん。了解。把握した」
短くそう呟くと、封筒を黒い外套の内側へ滑り込ませる。その仕草に、ためらいも未練もなかった。
まるで誰にでもそうするような、軽い返事。だがその口調の奥には、一瞬だけ冷えた“間”があった。
「任せといて。……いつもの通りにやるわ」
フードの人物は無言のまま立ち去る。残された女は、手元の封筒を指で弾くと、夜風に髪を揺らして目を閉じた。
医務室の扉が静かに開いた。 入ってきたのは、冒険者の少女――リィナ・カルセリオ。
「あ、起きてた。……良かったじゃん、生きて帰れて」
彼女はごく自然な調子で笑い、眠るレオンの顔を見下ろした。
何かを確認するように一度だけ視線を落とすと、小さく息を吐いて背筋を伸ばした。そして、部屋の隅に立つバズに向かって声をかけた。
「マスターさん。この子たちの面倒、私が見てあげようか?」
その言葉に、バズはわずかに眉を上げる。
思いがけない提案だったのだろう。
「お前の口からそんな言葉が出るとはな。雑用に飽きたのか?」
リィナは肩をすくめ、いたずらっぽく笑ってみせた。
「ま、そろそろ新しい刺激が欲しくなってきたってとこ。どうせなら、“将来有望な素材”と一緒にいたほうが楽しいしね」
バズは腕を組み、リィナをじっと見つめたあと、重く頷いた。
「……いいだろう。お前なら任せても安心だ。Eランクの査定も近いし、そろそろ“責任ある任務”を任せる頃だと思ってた。こいつらのこと、頼んだぞ」
「りょうかーい♪」
リィナは短く答え、アランに一瞥をくれる。彼女の目に浮かんだ感情は、アランには読み取れなかった。ただどこか、計算を含んだ曖昧な光があった。
アランは困惑したように目を泳がせる。
「え、あの、なんで?」
「ん? 別に。ちょっとした気まぐれよ」
リィナはそれだけを言うと、壁際の椅子に腰を下ろした。レオンの寝息を聞きながら、小さく息を吐く。(……まったく、どうしてこうなるんだか)
自分でも説明のつかない感情が、胸の奥で鈍く疼いた。視線を落とすと、無防備に眠る少年の横顔が目に入る。
一瞬だけ眉を寄せると、すぐに気配を引っ込めて、何事もなかったかのように背筋を伸ばした。
ギルド医務室の静寂を破るように、レオンのまぶたがゆっくりと開いた。
「……ん……ここは……」
視線を動かし、天井を見上げる。染みひとつない石造りの天井。その硬さに、ようやく現実が追いつく。
「レオン……!」
ベッドの脇に座っていたアランが立ち上がり、顔を覗き込む。疲れの残る顔に、それでも安堵の色がにじむ。
「よかった、目が覚めた……! お前、あんな重傷で……本当に、死ぬかと思ったぞ!」
「……アラン……無事……だったんだな」
「ああ。ギリギリだったけどな」
アランはベッドの傍に腰を下ろし、あの夜に起きたことをかいつまんで語った。
突然の襲撃、別行動になった直後の戦闘、そして――仮面の女に救われたこと。
レオンは静かに耳を傾け、やがて目を伏せた。
「……そうか。あの時の冷たいような温もり……まさか、敵に救われたのかもしれないなんてな」
「でも、助けてくれたんだ。理由はわからないけど」
アランも力なく笑って、肩を落とす。言葉を探すように、しばし二人の間に沈黙が落ちた。
その空気を破るように、医務室の扉が軽くノックされる。
「失礼しまーす。……あ、起きてるじゃん」入ってきたのはリィナだった。
いつもの軽い調子で手をひらひら振りながらも、目にわずかな安心の色を浮かべている。
「無事に目を覚ましたのね。……ったく、男二人して死にかけとか、冗談じゃないんだから」
少し呆れたように言いながらも、その声はどこかほっとしていた。
アランは立ち上がり、頭を下げた。
「リィナさん……ありがとう。あんたが運んでくれなかったら、レオンは今……」
「お礼は明日、しっかり働いて返してもらうわ」
リィナはにやりと笑い、踵を返しかけて――立ち止まった。
「……あ、そうそう」
振り返りざま、肩越しに一言だけ告げる。
「明日、ギルドに集合ね。朝一番よ。寝坊しないでね、子犬くんたち」
そう言って、リィナは両手を軽く前に差し出し、指で器用に“犬の形”をつくってみせた。
「ワンワン♪」
そのまま踵を返しかけて――ふと思い出したように立ち止まる。
「……ああ、そうだ。ちゃんと名乗ってなかったわね」
再び振り返り、肩越しに小さく笑う。
「私はリィナ。ラトール支部所属のFランク冒険者よ。……まあ、しばらくよろしく」
軽く指を二本立てて敬礼の真似をしてから、最後にウィンクをひとつ。
軽やかな足取りで医務室を後にした。
扉が静かに閉まる。しばらくの間、アランとレオンは無言でその扉を見つめていた。
「……あの人、何者なんだろ」
アランの呟きに、レオンはうっすらと笑いながら答える。
「さあね。……でも、犬にしては見張られてる気分になるな」
(たまたま助けてくれた?一応警戒はしとくか。)




