第6話 背を預ける者と、背を向ける者
倒れたままのバロウとクレミーが、呆然とした表情でふたりを見上げていた。
バロウとクレミーは、その場にへたり込んだまま口を開けていた。
アランが剣を納め、ひと息つく。その隣で、レオンは軽く肩をすくめて、ふたりに視線を向けた。
「……まったく。あいかわらず“楽して儲ける”のがお好きなようで」
バロウがビクッと体を震わせる。クレミーは視線をそらし、もごもごと口を動かすだけ。
「でも残念だったな。今日の“手軽な回収作業”は、命がけの特別仕様だったらしい」
レオンの声は淡々としていたが、その瞳はまっすぐふたりを見据えていた。
皮肉というより、半ば警告のような冷たさがあった。
「次も運よく済むとは思わないことだな」
そして、ふいにアランに目をやると、軽くため息をついた。
「……お人好しの剣士がいたから助かったけど。僕だったら、見捨ててたかもね」
淡く輝く魔導ランプの下、受付カウンターの奥で中堅ギルド職員が地図と報告書を照らし合わせるように目を走らせていた。
地図の一角に印が重ねられ、その隣には手描きの注釈が走っている。
「変異体か……やはり、群れの異常行動には前兆があったか」
職員は小さく唸ると、報告書の端に軽く判を押した。受付嬢がアランたちの方へ顔を向け、少し真剣な眼差しで言葉を紡ぐ。
「……今回は、よく対応してくださいました。正直、Gランクの範囲を超えています」
アランは困ったように頬をかく。レオンは片手を軽く上げながら、疲れた顔で口を開いた。
「……報酬が出るなら、それでいいよ。あとは被害が増えないよう、注意勧告でもしてくれれば」
受付嬢は少し口角を上げ、手元の記録用紙を整理しながら尋ねる。
「ラトールには、十日後の魔導市が目的かしら? 錬金術師や魔道具職人が集まってくるから、最近は冒険者の出入りも増えてるのよ」
レオンは少し首をかしげたあと、静かに首を振った。
「魔導市? いや、僕たちは依頼で来たんです。ヴィルマ……ナリア錬金術師に、手紙を届けるよう言われていて」
「ナリアさんに?」
受付嬢の表情がわずかに和らぐ。
「あの人なら、ちょうど準備期間で工房に詰めてるはずよ。タイミングは悪くないかもね」
「助かります」
レオンが軽く頭を下げた隣で、アランは小声で
「魔導市って何だ……?」とつぶやいていた。
受付嬢は書類に目を落としながら、張りつめた声で告げた。
「――レイジークリケッツ、バロウさん、クレミーさん。
今回の件は依頼外での危険行為と認定されました。
ギルド規定により、Gランクへの降格処分が決定されました」
宣告の瞬間、周囲の冒険者たちがざわつく。中には「やっぱりな」と眉をひそめる者もいれば、無言で視線をそらす者もいた。バロウは舌打ちを一つして、カウンターに肘をついた。
「チッ……仕方ねぇな……」
その顔には反省の色はなく、むしろ面倒ごとに巻き込まれたとでも言いたげな投げやりな表情。
一方、隣のクレミーは小さく肩をすくめ、視線を伏せていた。
「……あいつら、なんであんな余裕で戦えるんだよ……」
誰にともなく、ぽつりとつぶやいたその声は、受付嬢の耳にはしっかり届いていた。
受付での処分通告が終わった後、アランとレオンはギルドの出口に向かって歩き出した。
ギルド内の喧騒が落ち着く中、その背中に――ぽつりと声がかかる。
「……あんたら、なんで俺らなんか助けたんだ?」
問いかけたのは、椅子に崩れるように座ったバロウだった。
声はかすれていたが、その目だけは真っ直ぐレオンの背中を見ていた。
レオンはその足をほんの一瞬止める。そして振り返らず、前を見たまま、静かに答えた。
「僕たちは“冒険者”だからな――たとえ、誰であっても」
そのまま、扉を押し開ける。
冷たい夜風がギルドに吹き込むと同時に、ゆっくりと閉まりかけた扉が「カチリ」と音を立てて沈黙に戻った。
ギルドの裏手、人気のない通用路のそば。バロウとクレミーが、ひと気のない階段に座り込んでいた。
闇に包まれた石壁にもたれ、クレミーが膝を抱えてつぶやく。
「……なんで、なんであんな余裕で戦えるんだろ」
その声に答えるように、バロウが奥歯を噛みしめ、低く唸るように言った。
「クソ……真っ当に戦うなんて、性に合わねぇけどよ……」
言葉の後、しばしの沈黙。
ふたりは揃って、ゆっくりと夜空を見上げた。
ラトールの空に浮かぶ月が、静かに、どこか遠くを照らしていた。




