第5話 拾い物は命がけ ~レイジークリケッツ奮闘記~
雑木林の茂みの奥――。
バロウとクレミーは草をかき分けるようにしゃがみ込み、ひそやかに息を潜めていた。
その視線の先では、負傷したエコーホッパーが地面をのたうち、翅を痙攣させている。
「……ほら、チャンスだろ。サクッと仕留めて、素材だけかっさらおうぜ」
クレミーの声は妙に軽い。だが、その指先は小さく震えていた。
「……はいはい、とどめだけ頂きまーすっと……」
バロウはため息を吐きながら剣を抜き、ゆっくりと足を踏み出す。
――その刹那。
「……ッ!? おい、待て……!」
倒れていたはずのモンスターの甲殻が、不気味に紫色の光を滲ませ始めた。
一瞬、辺りの空気が冷たく沈む。
「な、なんだ……これ……」
ごう、と耳の奥で何かが炸裂するような感覚。 エコーホッパーの身体が痙攣し、膨らんだ背中から角のような黒い突起が音を立てて伸び出す。 複眼が赤く濁り、ぎらりと光を返した。
「う、うそだろ……! 話が違うぞッ!!」
バロウの声が上ずる。喉が詰まって息が浅くなる。
視線を逸らせないまま、全身の産毛が逆立った。直後、モンスターが発する低い振動音が空気を引き裂いた。
ギュウウウウン……!
耳朶が痺れ、足元の枝葉がいっせいに震え、ざわめきが轟音に変わる。
頭蓋に直接響くような異音に、クレミーは顔を歪めて耳を押さえた。
「ひ、ひぃっ……!! こっち来る、来る、マジで死ぬ!!」
悲鳴に近い声を上げ、尻餅をついた彼女の頬が真っ青に染まる。
そして―― 赤く濁った複眼が二人を捉えた、その瞬間。変異体と化したエコーホッパーが、跳躍した。
ぬめりを帯びた翅が大気を切り裂く。
ドンッ!!
地面を抉るような重い着地音とともに、変異体が一直線にバロウたちへ突進した。
「わ、わああああっ!! 逃げろ逃げろ逃げろ!!」
バロウが喉をつぶすような声で叫び、手足をバタつかせて無様に立ち上がる。
「どっちだよ!? あっち!? こっち!? ていうかなんで私が先――わあっ!!」
クレミーは混乱のあまり、半泣きで草むらの中を四つん這いで這いずり出す。
ドゴォッ、と地面を叩く音。
背後で枝が砕け、飛び散った枯葉が二人の顔にばらばらと降りかかる。
「ひぃいい! 顔に葉っぱついた! もう無理無理無理!」
「葉っぱとかどうでもいいわ!! 走れ!! 死ぬ!!」
二人の悲鳴と罵声が、雑木林に情けなく響き渡った。
その背後で、変異体の音波が空気を切り裂く。
ギィイイィィ――!!
耳にまとわりつく、不気味な高周波が一帯を震わせた。
アランたちは林の奥で異様な魔力の気配を察知し、即座に駆け出す。
「レオン、前方に異常な魔力反応!」
「……わかってる」
走りながら視線を交わした直後、草むらの向こうから甲高い悲鳴が飛んできた。
「だ、誰か助けてぇぇ!! 足絡まって転ぶぅうう!!」
「わーっ! 顔から突っ込むな、アホ!!」
視界に飛び込んできたのは――赤い複眼をぎらぎらと光らせた異形のエコーホッパーと、尻もちをつきながら互いを押しのけて逃げようとするバロウとクレミー。
二人は泥だらけで転げ回り、もはやどちらが先に立ち上がるかで揉み合っていた。
「退がれッ!」
レオンが即座に杖を構え、低く鋭い声で叫ぶ。
「こいつは……ただのモンスターじゃない!」
空気が凍りつくように冷え、足元に淡い魔法陣が瞬く。魔力が収束し、周囲に冷気が渦巻いた。
「た、助けてくれ!! マジでやばいって、ほんとに死ぬ!!」
バロウが喉を引きつらせて叫び、クレミーは泣きそうな顔でレオンたちを見上げる。
一瞬の静寂。その隙に、アランはわずかにレオンを振り返った。
互いに言葉はいらなかった。目が合うと同時に、息を合わせるように動く。
「任せる」
「応じる」
レオンが詠唱を続行しながら杖を地面に突き立てる。
「《氷縛連鎖》!」
青白い氷の鎖が滑る広がり、変異体の脚を絡め取った。だが、変異体は咆哮をあげて抵抗する。
複眼が赤くぎらつき、次の跳躍の気配を孕む。
「今だ、アラン!」
レオンの声と同時に、氷の鎖がさらに捻じれ、無理やり変異体を引き倒す。
束の間の隙を逃さず、アランは駆けた。 風を裂く勢いで一歩、さらに一歩
剣を抜きざま、真っ直ぐ頭部へ狙いを定める。
ギンッ――!
鋭い軌跡が、氷の冷気と交わるように閃いた。変異体の咆哮と同時に、耳を裂く音波が放たれる。
だが、レオンの杖先から放たれた小さな氷弾が、それを逸らすように撃ち込まれる。
その一瞬の防ぎで、アランは剣を振り抜いた。
「おおおおおッ!!⦅虎砕⦆」
刃が深々と突き刺さり、頭部を切り裂く。
変異体の巨体が痙攣し――
ズシンッ。
重い音を立てて地面に沈む。静寂。
アランは肩で息をしながら、血に濡れた剣をゆっくり納めた。
レオンは杖を下ろし、ひとつ息を吐く。
「……息が合うようになったな」
「レオンの援護がなかったら、今ので終わりだった」
短く言葉を交わす二人の足元で、氷の棘がゆっくりと砕けて消えていった。




