第4話 拾い物稼業
木漏れ日の差す雑木林の中。湿った落ち葉と小枝を踏みしめるたび、鋭い足音が交じる。
アランは息を整える暇もなく、目の前に迫った最後の一体へ踏み込んだ。
「……これで終わりだ!」
低く吐き出すように言い放ち、渾身の一太刀を振り抜く。
甲殻を割る鈍い衝撃とともに、ドリルクロウアントが短い悲鳴を上げて倒れた。
剣をくるりと回し、勢いを殺さずに鞘へ収める。
視線はすぐ奥へ――
逃げ去る大きな影が、枝葉を割って走り去っていくのが見えた。
「……これで八体目か。奥に一体、逃げたな」
肩で荒く息を吐きながら、その遠ざかる気配を追う。
「追うのはやめとけ」
低い声がすぐ隣からかかった。レオンは片膝をつき、倒れた魔物の腹を慎重に解体していた。
手際は鮮やかだ。小さな氷の刃で甲殻を切り裂き、腺を摘出する。
「怪我してないだけ上出来だ。深入りすれば……」
その奥――生い茂る草葉の影。
揺れる枝の向こうに、二つの人影がひっそりと身を潜めていた。
「……ったくよ、数多すぎだろ。なんで雑魚の群れ相手に、わざわざ真面目にやってんだか」
低くぼやいたのはバロウ。軽装の鎧を軋ませ、苛立たしげに腰を下ろす。
「依頼でもねぇのに命張って、素材解体までご丁寧にやりやがって……」
隣のクレミーは、飽きたように草をつまんで口元でちぎる。
「ま、そのおかげでこっちは楽して稼げるわけだし。黙って拾い物してりゃいいでしょ」
鼻で笑うように肩をすくめた。
バロウは苦々しげに吐き捨てながらも、口の端だけはわずかに吊り上がる。
「だな。おこぼれ集めて納品するだけで小銭が入る……これが“レイジークリケッツ”流ってやつだ。働かずして食う。最高だな」
視線を戻せば、雑木林の中央ではアランとレオンが淡々と作業を続けている。
アランは風で散らばった虫の翅を払い落とし、剣先で地面をつついて残骸を確認していた。
「素材、ちゃんと残ってるか?」
「問題ない」
レオンはしゃがんだまま、慎重に甲殻を切り開いていた。
「このエコーホッパー、構造がややこしいと思ってたけど……慣れると案外単純だな。前は一匹さばくのに手間取ったが」
小さな氷刃を操作する指先は迷いがない。
「だな。俺も、どこに魔核が埋まってるかわかってきた。……前よりは、ずっと手早く動ける」
アランが小さく息をつき、笑みを浮かべた。
「少しは成長してるってことか」
「少しじゃない」
レオンが淡々と答える。
アランの足元に真っ赤な魔石が落ちていた。
「レオン、これも素材か?」
「魔力を帯びてるな。いつのまにそっちに」
「どのみち俺たちだけで狩りを続けるなら、無駄を削ぐしかない。……それができてるだけで十分だ」
互いに確認し合いながら、解体の手は一度も止まらない。
静かな自信と、以前にはなかった余裕が、言葉の端々に滲んでいた。
そんな二人を、草陰のレイジークリケッツは呆れたように眺めている。
「……はぁ。ほんと真面目ってのは損だねぇ」
クレミーが欠伸をかみ殺し、だらしなく伸びをする。
バロウは満足げに息を吐き、草むらに背を預けた。
「今日もせいぜい派手に働いてくれりゃいい。俺たちは後でちゃっかり回収して帰るだけだ」
真面目やり取りの背後で、レイジークリケッツのふたりは、なおも草陰に身をひそめたまま、次の“拾い時”をうかがっていた――。




