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英雄を夢見た少年は、王国の敵になる ―リベルタス―  作者: REI
第2章 魔道具職人の街と仮面の組織 ラトール編

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第3話 ふたりの約束、ふたりの影

「このまま放っておいたら、どこかで被害が出るかもな……

アランはそう言って、無意識のうちに剣の柄に手をかけていた。

「……なら、俺たちも戦おう」

きっぱりとした声。視線はまっすぐ前を見据えている。迷いはない。


だが、レオンはすぐに息を吐き、眉をひそめた。

「……出たな。お前の悪癖が」

視線だけを向け、淡々と、だが少しだけ語調を強める。


「思い出せ。俺たちは“討伐任務”のためにここにいるんじゃない。手紙を届けること、昇級試験を控えて準備を整えること――それが本来の目的だ」


「放っておいたら、誰かが襲われるかもしれないだろ」

アランの声は低く、感情を押し殺そうとしていたが、焦りは隠しきれなかった。

「焦るな、落ち着け」

レオンは手を上げて制し、冷ややかな声で続けた。


「万が一、道中で魔獣に遭遇したら戦う。それは当然だ。だが、わざわざ追跡するのは愚かだ。相手の数も規模も、何も分かっていないんだぞ」



アランは口を閉ざし、しばらく沈黙した。指先に力がこもり、柄を握る手がわずかに震える。

けれど、やがてその力を抜くと、小さく息を吐き、視線を落とした。

「……わかった。最低限、“遭遇したときだけ”だ。無闇に追いかけたりはしない。……約束する」


「それでいい」

レオンは小さく頷いた。その声は先ほどよりも柔らかかった。


「ただし、一度でも群れに囲まれたら、ためらわずに撤退する。俺たちはまだGランクだ。――覚えておけ。本当に厄介な連中なら、生きて帰れなくなる」


「……へいへい、分かってますよ。指揮官殿」

アランはわざと肩をすくめ、軽口を返した。


だが、その瞳はどこか痛むような決意の色を湛えていた。

そして、二人の足取りは先ほどよりもわずかに慎重になった。



草を踏む音が、やけに耳に残る。



街道から少し離れた丘の上。揺れる草むらの影に、ふたりの冒険者の姿が潜んでいた。

薄汚れたマントを羽織った軽装の男が、しゃがんだまま街道を歩くアランたちの背をじっと見つめている。

その隣で、ぼさぼさの髪を三つ編みにまとめた小柄な女が、あくび混じりに長い息を吐いた。


「ったく……麻薬事件の件も、片付けたのはあいつらだろ? よくやるよね、あんな面倒事」


男――バロウは鼻を鳴らし、呆れたように肩を揺らした。

「依頼でもないのに命張って、報酬にもならねぇ。……正義感でもこじらせてんのかって話だ」


「ま、こっちとしてはありがたいけどね」

クレミーが気だるげに肩をすくめる。

「どうせモンスター相手に正面からやり合うなんて、あたしらじゃ無理だし。あいつらが勝手に討伐してくれるなら、それで十分。あとから残り物拾ってりゃ、地味に稼げるしさ」

「だな」

バロウは口の端をつり上げ、にやりと笑った。


「“レイジークリケッツ”の看板に、これ以上ないくらい忠実だろ? 戦わずに儲ける。それが一番だっての」


バロウは肩を揺すって笑い、草を噛むようにぼそりと続けた。


「こないだの……ほら、商隊の護衛任務。あの時も、他の冒険者が盗賊ぶっ潰してくれたおかげで、俺たちは荷馬車引いてるだけで報酬もらえたしな」

「しかも、その帰りに寄った宿で飲んだ酒。あれ、めちゃくちゃうまかったよね」

クレミーは頬をゆるめて、指先で草をひらひら弄ぶ。


「どうせ今回も同じよ。勝手に戦闘して暴れてくれれば、私たちは後から“おこぼれ”拾って帰るだけ。楽で安全、効率的。……賢い選択だと思わない?」


「……だな」

バロウは満足げに伸びをし、ばさりとマントを払ってその場に寝転がった。

「ま、でも一応さ……」

寝転んだまま、ちらりと横目をクレミーに向ける。

「にしてもアランってガキ、最近ちょっと調子こいてないか? 風の魔法だか何だか知らねえけど、やたらと得意げだった気がするんだが、Gランクのくせに鼻につくよな」


「どうせ素人の魔力暴発でしょ。そんなもん、三日坊主もいいとこ。……気にするだけ無駄だって」

 クレミーはあくび混じりに鼻で笑い、指先でちぎった草を風に放った。


 「どうせ最後には、足も手も出なくなって泣きつくんだって。毎度のパターンじゃない」

 「そっか。……まあ、だよな」

 バロウはあっさりと笑い、背中で草を押しつぶしながら空を見上げる。


 「どうせまた今日も、あいつらが命張っていいとこ持ってくれんだ。俺らはそれをつまんで、帰りに美味い酒飲んで……明日もまた寝坊してから依頼探せばいい」




 「……ほんと、“楽”って素晴らしい」





 クレミーも小さく肩を震わせて笑った。


 ふたりは揺れる草の影から、アランたちの背中が遠ざかるのを、退屈そうに見送っていた。

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