第1話 手紙を届けるだけの旅
朝の光に照らされながら、アランたちは石畳の街路を抜けて、いつもの冒険者ギルドへ向かっていた。
ラトールの街へ向かう前に、道中でこなせそうな依頼がないか、確認するための軽い立ち寄りだ。
市場にはパンの香りが立ち込め、行き交う人々の笑い声が風に乗っていた。
屋根の上では猫が丸くなり、遠くの塔の鐘が柔らかく一日の始まりを告げる。
どこを見渡しても、今日もリュミエールは変わらず――平和だった。
「よし、今日も平和だな! さぁ、ラトールに行くか!」
アランが明るく言い、レオンがわずかに笑う。
けれどその視線の先、王都の中心にそびえる王城は、朝の光の中で無言のまま静かに佇んでいた。
あの塔のどこかから、誰かに見られているような感覚が拭えない。
それは気のせいかもしれないし、そうでないかもしれない。
だがアランは振り返らなかった。
背中に視線を感じながらも、足取りは軽い。
ギルドの掲示板前は、朝早くも多くの冒険者たちで赤ついでいた。経験を重ねた飛び抜けた装備の者から、アランたちと同じような新人冒険者まで、群集のなかにはさまざまな黒線が見えた。
「……多いな、朝から」
アランがつぶやき、人潮の随間を抜いて掲示板に目を通す。中央には、ひときわ目を引く赤枠の依頼が貼られていた。
■魔獣群れの出現情報(調査・討伐)
付近村落にて目撃例多数。中規模以上の個体が含まれている可能性あり。
∙Bランク以上の冒険者を優先。無許参加は危険のため非推奨。
依頼主:ガルデオン領警備団
「うわ!やっかいの出てるな」
思わずまゆをひそめるアランに、隣で眺めていたレオンが腕を繋ぎ、折り込むようにしゃべりだす。
「魔獣の群れか……採取系より時間はかからないが、こっちも味方が重いな。特に昇級前の身でやるもんじゃない」
「まぁ遭遇しなきゃ問題ないだろ!道中スルーできればいいさ」
笑って言ったアランに、レオンは危険を感じたように顔を中つまびらせた。
「さっき言ったばっかりだろ。怪我の具合もさほど戻ってないし、無理は禁物だ」
「ぐっ……そこは今、ふれんなよ」
アランが肩を回してみせると、まだ劣化した感覚がわずかに残っていた。
そのやりとりに割って入ってきたのは、リゼットだった。
「レオンくんの言う通りよ。無茶はしないこと。いい?今回の目的は『手紙を届ける』こと。この役目で死ぬなんて、あってはならないわ」
「わ、わかってるって……」
「それに、Fランクの昇級試験も近いのよ。ここで体壊して受けられなくなったら、それこそ本末転倒ね」
「うぐ……返す言葉もねぇ……」
アランが気まずそうに後頭部をかいていると、レオンはわずかに口元を緩めて小さく微笑んだ。
「まあ、道中で手頃な配達依頼でもあれば拾うけど……なければ、そのままラトールに向かおう。手紙が最優先だ」
掲示板をざっと見渡し、結局、めぼしい依頼が見つからなかったことを確認すると、一行はギルドを後にする準備を整えた。
荷をまとめ、ギルドの入口まで来たところで、背後から小気良い足音が響いた。
「ちょっと待った!」
振り返れば、リゼットがこちらへ歩いてくる。すでに身支度を終えたアランたちを見ると、她は満足げに顔を縦に振った。
「ラトールへの道は短いようで長いわ。油断しないで、くれぐれも無茶はしないこと」
「わかってるって。ちゃんと『手紙を届けるだけ』の旅さ」
アランが尻袋を辞しげに打ちたたくと、リゼットはため息交じりに苦笑した。
「本当に信用していいのかしらね、その顔……今からでも別のパーティに……」
「ひどっ!」
笑みを浮かべたまま、リゼットはさらに言葉を重ねた。
「……頼んだわよ、未来の大英雄さんたち。」
その声に込められたのは、過剰な期待でも厳しい評価でもない。
信頼と願い――迷いのない、真っすぐな想いだった。
「ラトールに手紙を届けて、それが終わったら、ちゃんと戻ってきなさい。……ふたりとも、無事にね。」




