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英雄を夢見た少年は、王国の敵になる ―リベルタス―  作者: REI
第1章 始まりの風 王都リュミエール編

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第33話 流転の風と、氷の誓い


──それは、星詠みの塔に身を寄せてからしばらく経った頃だった。レオンは自身の魔力、魔術に対して少しずつ理解をし始めていた。


フェンメルに、魔獣騒ぎが起きた。郊外の研究施設から逃げ出した実験体。


名を、“霧喰い”。


それは霊体に近い実体の薄いモンスターで、魔力に反応し、空気中の微粒子を媒介に侵食・増殖する厄介な存在だった。

研究員と警備兵は全滅。現場は魔術結界によって封鎖された。


──だが。


その封鎖をすり抜けた霧喰いの一部が、都市の外れにある診療区へと流れ込んでしまった。

そこには、治療中の病人たち──特に、子どもたちが多く寝かされていた。


「結界の再展開が間に合わない……避難誘導も遅れている……!」


術者たちの焦燥と混乱が交錯する中──

ある一人の少年が、迷うことなく塔を飛び出していた。


レオン・ヴァルトハイト。


命じられたわけでも、名を求めたわけでもない。ただ、彼は走った。


「おい、危ないぞ、引き返せ!」


警備隊の叫びも聞かず、レオンは診療区の扉を押し開けた。

重い空気。腐敗したような、金属臭に似たにおい。


「……これは……」


廊下の奥に、半透明の影が蠢いていた。

霧喰い──漂うように浮かび、音もなく近づいてくるその様は、悪夢そのものだった。


「……空間に残留魔力が……いや、違う。“呼吸”で魔力を吸収してる……!」


即座に、詠唱を開始。

氷の魔法陣が床に広がり、足元から冷気が螺旋を描いて立ち上がる。


「《零域結界・型式C》──氷鎖陣、展開」


風が巻き、空気が張りつめる。


霧喰いたちがレオンに気づいた瞬間、数体が一斉に襲いかかった。


しかし──次の瞬間、空間が凍りつく。


《氷鎖陣》

魔力の波長を乱し、対象の移動を封じる拘束魔術。


それをレオンは三重結界として展開。

領域外からの侵入すら遮断する、高度な応用術だった。


「俺がやらなければ、誰も救えない」


恐れも、迷いもない。

ただその一点の想いだけが、魔術を研ぎ澄ませていた。




封鎖された診療区で、彼はたった一人で二時間、結界を維持し続けた。

魔力の消耗は激しく、体は軋み、意識も薄れかけていた。

それでも、彼は動かなかった。



──駆けつけた術師団が到着し、処理を引き継ぐと申し出ても。


レオンは最後までその場に残り続けた。

冷気の中、結界の奥で倒れていた少女の体に、自分の上着をそっとかけて。


その手は、震えていたが……温かかった。

夜。塔の屋上。

風が冷たく、星が冴えわたっていた。


「……よくやったな」


グレイ・ローデンハルトがそう告げたとき、レオンは黙って頷いた。

疲れ切っていた。言葉もほとんど出なかった。


けれど、胸には確かなものがあった。


「……あれが、俺の……」

言葉にできない想いが、胸の奥に広がっていく。


グレイはしばし彼を見つめ、そして、夜空に向かって静かに言った。


「真理の先にあるものは、祈りだ。

だが──その祈りを、現実に届ける手段を持つのが、“術者”という存在だ。忘れるな」


その言葉に、レオンは初めて思った。


自分の力が、ただ“孤独を守るため”ではなく──“誰かに届く”ものであっても、いいのではないか、と。


それが、“誓い”となった。


──己の魔術を、誰かのために振るうという、最初の一歩。


風が吹き、彼の長い前髪が揺れた。

夜の塔は静かに、そして誇らしげにその光を放っていた。

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