第29話 朝靄の果てに
白い朝靄が晴れ始め、王都リュミエールはようやく、麻薬騒動という悪夢から目を覚ましつつあった。
市場の露店には人が戻り、広場には子どもたちの笑い声が響いていた。
神殿の裏手では、薬師や神官が傷ついた市民や中毒者の治療に追われている。
街には、久しぶりに穏やかな陽射しと、かすかな安堵の気配が漂っていた。
人々は日常を取り戻そうとしていた――まるで、何事もなかったかのように。
だがその明るさの裏側には、消え切らない影が確かに残っている。
一件の事件は幕を下ろしたかに見える。
だが、沈黙した路地裏では、何かを探るような目が闇に光り、まだ開かぬ真実が、静かに息を潜めている。
街の空気は静かすぎた。
あまりにも静かで、逆に耳が痛くなるほどに――
それは、嵐の“始まり”のようでもあった。
束の間の安寧。
だが、それがいつまで続くのか、誰にもわからなかった。
その一瞬の平和の影で、アランとレオンは石畳の通りをゆっくり歩いていた。道行く人々が話すのは、銀蛇騎士団の手柄ばかりだった。
「騎士団が地下の密売組織を壊滅させたらしいな」
「さすが、銀蛇様だ」
「怖いけど頼りになるよ、あの人たちは」
そんな声を聞きながら、アランは手にした袋を振った。中には、わずかな小銭が入っているだけ。
「はあ……。報奨金って、これかよ。新しい剣どころか、晩飯代にすらなりゃしねぇ」
ぼやくアランの隣で、レオンは肩をすくめた。
「金のためにやったんじゃないだろ?」
「そうだけどよ。でも……なんか、こう……釈然としねぇんだよ」
街が平和を取り戻しているのは嬉しい。人々が笑っているのも、確かに救われた心地がする。
けれど、その陰で、真実はねじ曲げられ、騎士団の手柄として処理された現実があった。
ギルドではノランが工具を握り潰しそうな勢いで唸り、イリナは露骨に舌打ちをしていた。
「何が『銀蛇がすべて解決した』だ。あの二人がいなきゃ、街はどうなってたと思ってるんだ」
受付嬢のリゼットは、アランたちのことを思うと何も言わずに小さく頭を下げた。
その目には感謝というより、悔しさと、騎士団への不信が滲んでいた。
アランは石畳の上で立ち止まり、空を仰いだ。
「正しいことをしても……この世界は変わらないのか?」
ふと、手の平が疼いた。 カストールの剣を受けた時の痛みが、まだ肉に残っている。
レオンはしばらく沈黙し、そして視線を前に向けたまま言った。
「……いや。ほんのわずかだが、いい方向に向いたんじゃないか? お前の無鉄砲さも、たまには役に立つ」
アランは口元に笑みを浮かべた。風が、彼の髪をふわりと揺らす。
「なら、もっと強くなって……もっと大きなことをしてやる。世界に名前が轟くような! もちろんレオン、お前も一緒だぞ」
レオンは肩をすくめながら、微かに笑った。 「……仕方ないな。アレンは僕がいないと危なっかしいからな」




