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英雄を夢見た少年は、王国の敵になる ―リベルタス―  作者: REI
第1章 始まりの風 王都リュミエール編

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第25話 英雄を名乗る資格

空気を裂くような一撃が交差し、火花が散った。

――アランとカストール。

ふたりの剣は、未だ決着を見ていなかった。


カストールの剣筋は、まるで水のように淀みがない。

一切の無駄を削ぎ落とした“死に至る動作”が、寸分の狂いもなくアランを追い詰めていく。


アランは、既に肩と脇腹に複数の切創を負っていた。呼吸も荒い。

それでも、剣を下ろさない。ただ、何度切り結んでも、手応えは得られない。

(……やっぱり……強い)


剣を受けるたび、腕が痺れそうになる。受け流すにも、体がついていかない。

一手一手が削られ、追い詰められていく感覚。


そこへ――


「おい、英雄ッ!」

鋭く響く声が、戦場に割り込んだ。


「こっちは片付いたぞ! 次はお前の番だろ!!」


振り返ると、霧が晴れた先に立つレオンの姿があった。

袖は裂け、額には汗が浮かんでいるが、その瞳はしっかりと前を見ていた。

 

「レオン……!」

その声に、アランの胸の奥がかすかに熱くなる。


そうだ。レオンは、一人であの強敵を退けた。

ならば――自分だって。


「……言われなくても!」

アランは剣を握り直し、前に出た。


「さあ、“英雄”――どこまで耐えられる?」

カストールが、無機質な声で言う。

 

ガキィンッ!!


交錯。剣が閃き、火花が舞う。


アランの踏み込みは鋭さを増していたが、カストールは依然として揺るがない。

静かなる刃が、まるで予見していたかのようにアランの攻撃を封じていく。


防戦――それでも、防戦。


アランは、ほんのわずかでも勝機を見出そうと、食い下がった。


――バキィン!


耳をつんざくような衝突音。


刹那、衝撃がアランの全身を貫いた。


「……ッぐあああッ!」


右腕に、鋭く焼けつくような痛み。

次の瞬間、手から剣がこぼれ落ち、地面にカランと乾いた音を立てて転がった。

(……やばい、力が入らない)

右肩から肘にかけての感覚が、じわじわと麻痺していく。

振るうたびに負荷がかかっていたその腕が、ついに限界を迎えたのだ。


対するカストールは、微動だにせず立っている。

「片腕を落としたか。もう終わりだな」

淡々とした声。感情の欠片もない殺意。

だが、アランの足は止まらなかった。


「……うるせぇよ……」


もう片方の手で、地面に落ちた剣を拾い上げる。

逆手に握ったそれは重く、頼りなかった――だが、

その瞬間だった。


ふわり、と。アランの背に、何かが立ち昇る感覚があった。

空気が揺れる。衣服がかすかに膨らみ、髪が風になびいた。

(……なんだ、この感覚)


次の一歩が、軽い。

地を蹴る足に、明らかな“加速”が宿っていた。


──風、だ。

体内で、何かが蠢いている。

魔力が暴れるのではない。静かに、だが確かに“巡っている”。


その流れは、アランの左手から、握った剣へと流れ込み――


ギィィン……ッ


剣身が、かすかに風鳴りを発した。

 

刃を包むように、淡い翠の光が揺れている。


「……風、が……?」

(この後に及んで力を隠していたのか?)

カストールの眉が、ほんのわずかに動いた。

 

アランの剣に、風の魔力がまとわりついているのを見て取ったのだ。

アラン自身も、その力を完全に理解しているわけではない。

だが確かに、いまこの一瞬、自分の身体は――“流れて”いた。

痛みは消えていない。右手も使えない。

それでも、ただ一歩。

この風に乗って、“届く”気がした。


「……まだだよ、“英雄”さんよ」

(いや、窮地に立たされてたまたまってところか、ならば早めに蹴りをつけよう。)


アランの視線が、真正面からカストールを射抜いた。

「ここからが、俺の本番だ……ッ!」

軽やかに、地を蹴る。


風が巻き起こり、アランの剣が疾風のごとくカストールへ迫った。


風がうねる。


アランの剣は、さきほどまでとは明らかに異なる軌跡を描いていた。

 

ヒュッ――ギンッ!

 

疾風のように踏み込み、刃を滑らせる。  

これまで一方的だった攻防が、わずかに均衡を取り戻し始めていた。


「……動きが変わったな」


カストールの眼光が、鋭くアランを捉える。

だがアランは、返す言葉もない。

息が荒く、汗が額から滴る。

 

右手はすでに使えず、左手一本で剣を操っているのだ。

風の加護がなければ、もう立っていられなかった。


「ハァ……ッ、ハァ……ッ」

それでも剣を振るう。


一撃、一歩、一呼吸ごとに、風が身体を押し上げるようだった。

ギンッ! 


ガンッ!

 

カストールが構えた剣を弾き、踏み込む。

だがその刹那、わずかな姿勢の乱れを見逃さず――

 

ズガッ!


「ぐあっ……!」

カストールの蹴りがアランの腹に突き刺さった。


身体が宙に浮き、石畳に叩きつけられる。


「……やはり、お前では届かない」

無感情な声が、突き刺さるように響く。

アランは立ち上がろうとするが、膝が震え――


ガクン、と地面に沈んだ。

もう、体が言うことをきかない。

風の力も、まだ未熟だった。


――届きかけたが、届かなかった。

その時だった。


「……しかたないな」

別の声が、冷たく、静かに割り込んだ。

「――《領域拘束・氷鎖陣》」

氷の音が走る。


カストールの足元に、突如として魔法陣が展開される。

淡青色の光が床に広がり、四方から鎖が現れるように“生えた”。


瞬時に察知したカストールが跳び退くも、一本の鎖が足首をかすめ――

 

ギギッ!


一瞬、その動きが鈍った。

 

「……レオン……!」

地を這うように伏せたアランの視線の先、

蒼い術式を淡く背に灯しながら、レオンが静かに立っていた。

「ったく。英雄様が膝ついてたら、俺の株が上がんねえだろ?」

皮肉交じりの軽口。


だがその魔力は、寸分の狂いもなく、敵を狙っていた。


呼吸が、苦しい。

アランの身体は既に限界を超えていた。

片腕は力が入らず、脚も痺れ始めている。

それでも、剣を握った左手は離さない。

 

彼の全身には、かすかな風の帯がまとわりついていた。

剣の周囲で、風が脈動する。


――その気配は、さきほどまでとはまるで違っていた。

そして、レオンもまた杖にもたれかかるように立っている。

その顔色は青白く、唇がわずかに震えていた。


「……流石に、僕ももう……次が最後の魔法になる」


淡く光る術式が、彼の足元に展開される。

声は静かだったが、眼差しは決して揺れていなかった。


「――ここしかない、アラン。決めるぞ」


「……ああ、わかってる!」

アランの返事には、血と息と、決意がこもっていた。

 

その瞬間、風が変わった。

まるで彼の想いに応えるかのように、

剣の刃が風の奔流をまとい、うなりを上げて震える。

アランの体を中心に、風が渦を巻いた。

風はもう、ただの魔力ではない。

彼の“意志”そのものが、力として剣に宿り始めていた。

 

「いくぞ、レオン!!」


「合わせる」


レオンの最後の魔術が展開され、

同時に、アランが風とともに駆け出す。

その疾風は、もはや人の動きではなかった。


「──氷律場、収束。連鎖を固定、対象一点へ――!」


レオンの詠唱が完了する。


その術式は、すでに限界を超えていた。

凍りつくような冷気が足元を這い、周囲の空間を一気に収縮させていく。


「《零域式・凍縛点結》!」


バチッ、と空気がはじけた。


カストールの周囲を、青白い氷鎖が一瞬で取り囲む。

時間にして、ほんの一秒にも満たない拘束。


だが、それで充分だった。


「おおおおおッ!!」

《虎砕・風牙》


風がうなる。


アランが、まっすぐに風の矢と化して駆け抜ける。

剣が唸り、刃がしなる。

その一撃は、これまでのどの斬撃よりも鋭く、重く、速かった。


風が剣にまとわりつき、螺旋を描きながら加速する。


「――これが、俺たちの……!」

「……“最後の一手”だッ!!」


轟音。

 

空間がねじれ、風が弾けた。


カストールの胸元に、風を纏った剣が突き刺さる。

青白い風が爆ぜ、鋭い斬撃が胴を裂く。

鎧ごと吹き飛ばされるようにして、カストールの巨体が後方へ沈む。


――ズシンッ。

重く、石畳が揺れる音。


アランは、膝をつきながら、残った力で剣を地面に突き立てた。

肩で息をしながら、わずかに目を細める。


対するカストールは、動かない。


その瞳はまだ見開かれていたが――すでに、意識はなかった。


レオンが、ふらつきながらもアランの隣に立つ。

その顔に、ようやく安堵の色が浮かぶ。


「……やったな」


「ああ……」


2人は、背中を合わせるようにしてその場に座り込んだ。

傷だらけの体に、冷えた下水の空気が心地よかった。


――勝った。


確かに、2人の力で。

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