第22話 選択肢は1つ
「……見てはいけないものを、見てしまったな」
その声は濁りのない静けさを帯びて、冷気のように通路の空気を裂いた。
アランの手が、無意識に剣の柄を握る。隣では、レオンが杖に魔力を集めながら、灰色の鎧の男を凝視していた。
「本当に騎士団の人間か?」
(確実に強い、ダグラス以上か?)
「……異様だな。気配が、歪んでる」
(魔力ではないな、圧か)
鋼の鎧に身を包んだその男──カストール・オーベルは無言のまま、奥の積荷に歩み寄っていく。歩みは淀みなく、呼吸一つにさえ研ぎ澄まされた緊張が走る。
その背後で、機械仕掛けの装置が微かに唸った。
──カコン、カコン。
配管から立ち上る甘い煙。混じるのは薬草と鉱石のにおい。
魔力を練り込んだ精製装置が、うっすらと淡い粉塵を空中に漂わせていた。
「……この匂い……」
「“麻薬”だ。間違いない。精製の最中だ」
レオンの囁きに、アランが唇を引き結ぶ。
カストールはその背中越しに、ふっと口元を歪めた。
だが、それは笑みではない。予定通りの終幕を確認する者の無表情な諦観だった。
「気づいてしまったか…ならば残念だな」
静かに、彼の手が剣の柄をとらえる。金属が擦れる音が、石壁に低く響く。
それだけで、空気が変わった。凍るような殺気が満ち、壁の水滴すら震えるようだった。
「君たちには二つの選択肢がある」
「……選択肢?」
「ここで消えるか、あるいは──何も見なかったことにして戻るか」
カストールの声に感情はなかった。ただ、任務を完遂する者の冷ややかな影があった。
アランの奥歯が軋む。
怒りと拒絶、そして何より、胸の奥に宿る“許せなさ”が目に宿る。
「ふざけんな……見て見ぬ振りなんかして、誰かの命を犠牲にして、生きていくなんてできるかよ!」
叫びと共に、剣を抜く。
「戦うぞ!俺は、目を逸らさない!」
レオンはアランの横で、深く息を吐いた。
「……やっぱり、そう言うと思った。ほんと、損な性格だ」
(この戦い、まずい下手したら死ぬ。)
戦の幕が落ちた。