表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
英雄を夢見た少年は、王国の敵になる ―リベルタス―  作者: REI
第1章 始まりの風 王都リュミエール編
25/209

第21話 影と鼠と、甘い煙の中で


濁った水が溜まる石畳の通路。鉄臭さと腐臭が入り混じった空気が、肌に纏わりついて離れない。

アランは足を止め、頭上を仰いだ。煤けたランタンの跡が残る天井に、光はなく、ただ沈んだ湿気が重く漂っている。


「やっぱり気味が悪いな。」


呟いた声が石壁に反響し、冷たく返ってきた。


「当然だ。ここは旧王国時代の水路。十年以上使われていないはずだ。今や地図にも載っていない」

正規の水路には衛兵が見守っており、許可証なしでは入れない。


後ろから来たレオンが言い、懐から青白く光る魔導灯を掲げる。その光が苔むした壁を照らし、封印の印章が浮かび上がった。


「こんな場所が、麻薬の運搬経路だってのか……?」

訝しむアランに、レオンは簡潔に応じた。

「痕跡がある。人が通った後がわずかだが残ってる」

その一言に、アランはすぐ周囲を警戒する。足元の水たまりに、靴の踏み跡が複数交差しているのを見つけた。しかも乾いておらず、まだ新しい。


「ひとりやふたりじゃないな……」

「運び屋、見張り、監視役。麻薬の流通には、少なくとも三手以上が動く。これは“組織”の仕業だ」


レオンの言葉にアランが剣の柄へと手を伸ばした時、彼が崩れかけた側壁の一部を指さした。


「……そこだ。継ぎ目の歪み、不自然な補修跡。押してみろ」


頷いたアランが石を押すと、鈍い音を立てて壁が動いた。途端に、湿気とともに甘く腐った匂いが鼻腔を満たす。黴と血の混じったような、刺すような刺激臭。


「くっ……この匂い、覚えがある」

「幻花粉と、類似している」

奥には水音がぽつぽつと響く空間。魔導灯の光が白く霞んだ胞子を浮かび上がらせる。まるで毒気に満ちた呼吸する巣穴だ。


「……見つけたな」


アランが低く呟くと、レオンはすでに詠唱に備えて手の結印を始めていた。


そして――


シャッ、シャッ……


石壁を這うような音が、静かに、だが確実に近づいてくる。


「アラン、来るぞ!」


レオンの声と同時に、闇から跳ねる黒い影。アランが反射的に剣を抜く。


「スカーボー……? 違う、でかいッ!」


現れたそれは通常のスカーボーの倍以上の体躯。毛並みは毒々しい灰紫に染まり、異様に肥大した四肢、血走った目。明らかに“変異”している。


そして次の瞬間、通路の壁や天井から、無数のスカーボーが這い出してくる。


「十……二十……いや、それ以上……!」


「群れで連携してる!? 知能まであがっているのか!」


アランが前に出て剣を構え、レオンが詠唱を終える。


「「微細振動、凝結せよ――《零域式魔術・貫穿針》」!」


レオンの詠唱に応じて、氷の針が空中から生み出される。数体が串刺しにされるが、倒れた死骸を踏み越えて、次々と新手が現れる。

「キリがねぇ……!」

アランの剣が火花を散らす。刃が振るわれるたびにスカーボーの体が斬れ伏すが、それすら餌にして群れはなおも密度を増す。


そのときだった。

群れの奥、闇の中に何かが“立っていた”。


ギシ……



ギシ……



鋼鉄を軋ませるような足音が近づく。姿を現したのは、灰色の鎧を纏った一人の男。無精髭、手入れの行き届いていない古びた剣。顔の半分は陰に沈み、だがその眼光だけが異様に光っていた。


「……アラン、あいつ……騎士だ」


レオンが言うよりも先に、アランも悟っていた。男が纏うのは、正規騎士団の装甲。そしてそのまなざしは、“任務”の意志に貫かれている。


男は一歩、また一歩と群れの中を進む。スカーボーたちが彼に牙を剥いた瞬間――


カッ――!


閃光にも似た斬撃が走った。音すらない。ただ、スカーボーたちが一斉に、何かに触れることなく地へ崩れ落ちていく。


血も、悲鳴も、余韻すら残さず。ただ“終わっていた”。

静寂が、通路に戻った。


アランもレオンも、言葉を失ってその男を見つめた。男は剣を鞘に収め、無言で二人を見下ろす。

その目には、怒りも憐れみもない。ただ、任務に忠実な“死の執行者”の色があった。


「……見てはならないものを、見たな」


その声は低く、底冷えするような響きで石壁に染みこんでいく。

そしてその場に立つ二人にとって、抗うことのできない沈黙、選択の時がゆっくりと迫っていた――。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ