第37話 成果
各々が修行を終えた頃、広場に、三つの影がゆっくりと集まっていった。
木々のざわめきがまだ眠たげに揺れている。フェルネ婆が古びた椅子に腰かけ、湯気の立つ薬草茶を啜りながら、いつものように細い目で三人を見上げた。
「……さて、どれほど“風”を掴めたかのう。見せてみい、若造ども」
促され、最初に一歩を踏み出したのはボリスだった。
いつもの豪快さは影を潜め、彼の表情には静かな集中が宿っている。
両の手をゆっくりと地面に向ける。息を整え、掌を通して大地と繋がる感覚を探るように――。
「……動け」
低い声とともに、足元の土がわずかに揺れた。
その波紋が広がるように地が盛り上がり、やがて半円状の壁となって三人を包み込む。荒々しさはない。ただ、穏やかで、確かな力の流れ。
汗が額を伝うころには、厚みのある防壁が形をなしていた。
「すげぇ……これ、全部お前の魔力で?」
リィナが感嘆を漏らす。
ボリスは短く頷いた。「いや、違う。地が、動きたがってたんだ。俺はちょっと背中押しただけさ」
フェルネ婆が目を細める。
「ほう……力でねじ伏せるのでなく、耳を傾けるようになったか。静かな力じゃのう」
次に前に出たのはレオンだった。
細身の少年は杖を軽く掲げ、短い詠唱を口にする。
冷気が指先に宿り、瞬く間に小さな氷の粒が幾つも生まれた。
それらは風に乗って舞い上がる。
ふわり、ふわりと広場の空を渡り、ボリスの土壁の上をすべるように流れ、淡い光を放ちながら崩れることなく弧を描いた。
冷たいはずの氷が、どこか心地よい涼風となって肌を撫でていく。
「……前は、力をぶつけるだけだった。でも今は違う。風の流れを読むんだ」
レオンは小さく息をつく。
フェルネ婆はうむ、と頷いた。
「風と氷。理を重ねるとは見事じゃ。お主、少しは人間らしい顔になったのう」
「光栄です、師匠」
その言葉に、わずかに頬を染めたレオンを見てリィナがくすりと笑う。
最後に、リィナが腰のポーチから掌ほどの金属片を取り出した。
複雑な紋様が刻まれ、淡い緑光が脈打つように瞬いている。
「――これ、見てて」
彼女が軽くスイッチを入れると、周囲の空気がわずかに震えた。
三人の身体から漂う魔力の波が、ひとつの円を描くように結びついていく。
まるで透明な糸で繋がれたかのように、互いの存在を“感じ取れる”不思議な感覚が広がった。
「仲間の魔力を感知して、距離が離れても繋がっていられる装置さ。
エルフの職人に教えてもらったんだ。これで、次は誰も取り残されない」
リィナの声には、珍しく照れの色があった。
レオンが「いい発想だ」と静かに言い、ボリスは「お前らしい」と笑った。
フェルネ婆は目を閉じ、ゆっくりと頷いた。
「ふむ……自然が笑っておる。ようやく“息”を合わせられるようになったのう」
三人は顔を見合わせ、同時に笑みをこぼす。
訓練の痛みも孤独も、今は遠い記憶のようだった。
互いの呼吸が重なり、ひとつの風が広場を抜けていく。
フェルネ婆は、残りの茶を口に含んでから、ぽつりと呟いた。
「残るはアランか……。ミラのやつ、うまく出来たかの?」
その名を聞いた瞬間、三人の視線が空へ向かう。
薄雲の奥で、雷のような響きが一度、遠くで鳴った。




