第36話 商人として
晴れた村の市。ノノは村の人々と交流をしていた。
広場に並ぶ木の台には、干し草の籠や薬草束、陶器の皿が並び、久しく忘れられていた活気が戻りつつあった。
その中心で、ノノがひとり奮闘していた。
胸に小さな帳簿を抱え、村人たちと商人のように軽やかに言葉を交わしている。
「はいはい、こっちの干し果実は三束でこの薬草と交換! あっ、あんたの方の布はとっても丈夫ね。旅人のマントにも使えそう!」
彼女の明るい声が広場に響くたび、エルフの子どもたちが笑い、年寄りたちは目を細めて頷いた。
彼女は旅の途中で得た食料や衣服、医薬品を広げて見せた。
「ねえ、ただ分けてもらうだけじゃ悪いでしょ? お互い助け合えば、もっと楽しくなると思うの」
それは、ノノが自ら提案した小さな祭りのような試みだった。
最初は戸惑っていた村人たちも、彼女の率直で柔らかな言葉に背を押され、一人、また一人と台の前に集まり始める。
「この保存肉、うちの畑の芋とどうだい?」
「ふふ、いい取引ね。あ、でもおまけにこの乾燥ハーブもどうぞ!」
交わされる笑い声。
積み上がっていく籠。
風に乗って漂う香ばしい果実の匂いが、村の空気をやわらかく包んでいく。
やがて、フェルネ婆が杖をつきながら広場に現れた。
「ほっほ……珍しいのう。この村がこんなに賑わうのは、祭りの夜くらいじゃ」
ノノは頬を紅潮させ、少し照れくさそうに笑う。
「えへへ……みんなのおかげです。わたし、アランさんと出会って思ったんです。“物”より“人”を繋げる方が、ずっと強いって」
婆はしわの寄った手でノノの頭をぽんと撫でた。
「よい娘じゃ。みんな、きっとおぬしを気に入るじゃろう」
その日の夕暮れ、村の広場には即席の焚き火がいくつも灯り、旅人とエルフが輪になって語り合った。
古い歌が口ずさまれ、子どもたちが笑い、フェルネ婆は遠くからその光景を静かに見守っていた。
ノノが小さな籠を抱えてアラン達に駆け寄った。
中には、干し果実や薬草、そして手縫いの護符が入っている。
「これ、皆さんの役に立ちますか?持っていってください。」
彼女は笑って言いながら、少しだけ目を細めた。
「ノノ、お前も一緒に行くだろ?」
ボリスが問うと、ノノは一瞬だけ考え、首を横に振る。
「ううん。……わたしは、ここまで。この村、しばらくは物も必要になるし、ちゃんと暮らしていけるように」
そう言って、少し得意げに笑った。
「そっか、ここまで案内ありがとな、ノノ。助かった」
アランがそう言うと、ノノは両手を腰に当てて、いつもの調子で返す。
「助けられたのはこっちの方です!あの時盗賊団に物資を奪われてたら、ここまでこれませんでした。」
風がふわりと吹き抜け、ノノの髪を揺らす。
その風の中に、精霊たちの囁きが混じっているように感じた。
「アランさん」
ノノは一歩、近づいて囁くように言った。
「もしまた困った人がいたら、ちゃんと助けてあげてください。あなたたちが持ってる“光”は、きっとそういう時のためにあると思うんです。」
アランは頷いた。
ノノはそれを見届けると、少し背を向けて手を振った。
「それでは、元気で!また会いましょう!」




