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英雄を夢見た少年は、王国の敵になる ―リベルタス―  作者: REI
第4章 救国の片鱗 森の都エレジア編

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第27話 精霊とミラ

風が、丘の上を撫でていた。

 晩春の陽が傾きかけ、草の海が銀色に揺れている。鳥の声と、アランたちの笑い声がそこに混じっていた。


「いや〜、やっぱりこういう丘の道って、気持ちいいな!」

ボリスが鍋を背負ったまま、のんきに空を仰ぐ。

「……転ぶなよ。荷物増えたら俺が持つ羽目になる」

レオンが眉をひそめる。

「心配性だなぁ、レオンは。な? アラン」

「いや、どっちかって言うと、俺もレオンに賛成だ。ボリス、前に転がってモンスターの巣に落ちただろ」

「うっ、それはもう忘れてくれ!」

 リィナがくすっと笑った。

そんな、いつもの道中――。

丘の頂に、一人の少女が立っていた。

白銀の髪が風に揺れる。遠くからでも、彼女の周囲の空気が冷たく張り詰めているのが分かった。

 

その手には、淡く光る氷晶の弓。

「あぁ……やっと来た。」

呟きは、風に溶けて消えた。

アランが足を止め、訝しげにその少女を見上げる。

「誰だ、あれ……?」

レオンが一歩前に出る。

「あなたはミラ=ノルディアさん、ですね? 何か御用ですか?」


少女はゆっくりと頷いた。

「うん。君たち、これからエレジアに行くんだよね。一緒に行く。」

「なぜ、それを?」レオンがわずかに目を細めた。

「それに、“一緒に行く”と言われても……」


「んなことより、誰なんだ?」

アランが首を傾げる。

「もう忘れたの?」リィナがため息をつく。

「前に説明したじゃない。冒険者・四天王の一人、ミラ=ノルディアよ」

「そうだぞアラン。勉強不足だな」

ボリスが腕を組み、偉そうに頷いた。

「!? ボリスも絶対に知らなかっただろ!」

「いやぁ、なんか聞いた気がしてたんだよ!」

「嘘つけ!」

わずかに空気が和む。

 

だが、ミラの眼差しは笑わない。

氷晶のように澄んだ瞳が、まっすぐアランを見据えていた。

「……ライサさんの次はミラって。アラン、あんた本当に運がいいのか悪いのか分かんないね。」

リィナが肩をすくめる。

「うるさい。」

ミラは短く言い捨てた。その声音には、冷たい刃のような響きがあった。

「さっさと行く。日が暮れる。」


彼女は振り返らず、丘の向こうへと歩き出す。足もとで、草が一瞬、凍りついた。

薄い氷が陽光を反射し、淡い虹のような光を放つ。


アランたちは、互いに顔を見合わせた。

「……なぁ、今の、地面……」

「うん、凍ったな。」レオンが静かに頷く。

「なんか、ちょっと怖いんですけど」ボリスが肩をすくめた。

リィナは苦笑して、アランの背を軽く叩く。

「行くしかないでしょ。こういう人ほど、敵に回したら面倒なんだから。」

アランは小さく息を吐いた。

「分かったよ。」


「あの――」

呼びかける声に、ミラは足を止めた。

アランは少し息を整えて続ける。

「“待ってた”って、さっき言ってましたよね。どういう意味なんです?」

ミラは振り向かないまま、わずかに顎を傾けた。

「ん? あなた、聞こえてないの?」

「え?」

「こんなにうるさいのに。」

彼女は小さく笑った。けれどそれは、皮肉でも冗談でもなかった。

まるで、誰か別の存在と話しているような声音。

風が頬を撫でた。草がざわめく。


その中で、ミラの髪がふわりと舞い、氷の粒が零れるように光った。

「……何が、聞こえてるんでしょうか?」

アランが慎重に尋ねる。

「精霊の声よ。」

淡々とした答え。

「あなた、風の精霊に好かれてる。」

アランは息をのんだ。

耳を澄ましても、聞こえるのは風の音だけだ。

けれど、その風がほんの一瞬、自分の頬を優しく撫でた気がした。

 

幼いころ、どこかで似た感覚を覚えたような――。

「……俺に、精霊が?」

「そう。人は精霊に選ばれない。けれど、あなたは違う。」

ミラが振り向く。

その瞳の奥、淡い青の中に、見たことのない静寂があった。

「……まだ分からないなら、それでいい。村に着いたら、教える。」

そう言って、彼女は再び前を向く。


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