表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
英雄を夢見た少年は、王国の敵になる ―リベルタス―  作者: REI
第4章 救国の片鱗 森の都エレジア編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

239/251

第26話 出発!東の森へ

街を覆う熱気が冷め、職人たちの工房の灯が一つ、また一つと消えていく。

そんな中、宿の一室だけはまだ明かりがついていた。

テーブルの上には、今日買った土産の包みと、ボリスの巨大なフライパンハンマー――《灼鉄フレイムパン》が置かれている。


その金属の縁から、ぼんやりと赤い残光が揺らめいた。

「――ふぅ。これで、ようやく完璧ってとこだな」

ボリスが汗を拭いながら、磨き上げた武器を見つめる。


どこか誇らしげに笑い、拳を軽く打ち合わせた。

「焔の心を宿す、か……アーグのじいさん、いいこと言うじゃねぇか」

椅子の背に掛けた盾――《焔煮の盾グラトン・ポット》が、かすかに「ぐつり」と音を立てた気がした。

魔力を宿した金属が、まるで生き物のように熱を帯びている。


「武器はもう万全だ! もう少し使い方をマスターすれば、Sランクに届きそうだぜ!」

胸を張るボリスに、アランが目を丸くする。

「本当か! それはすごいな!」

「おいおい……冗談だろ、アラン」

レオンが呆れたように片眉を上げた。

「武器でランクが変わるなら、この国はSランクだらけになってるさ」

「む。……夢を見てもいいだろ?」

アランは少し拗ねたように笑う。

 

リィナが湯上がり姿のままドアを開け、笑いながら入ってきた。

「夢見るのは勝手だけど、現実も見なさいよ。東部方面、なんだかきな臭い話が増えてるみたい」

彼女の声に、全員の視線が集まる。

「リィナ、何かあったのか?」

「ノノから聞いたの。ウィスフォレ村で木々や草が枯れ、井戸の水まで濁ってるって。物資も不足してて、もうすぐ村が孤立するかもしれない」

 

沈黙が落ちた。

温泉街の外から吹く風が、窓を鳴らす。

「……原因は?」

レオンが小声で問うと、リィナは首を振った。

「詳しくはわからない。でも、ただの自然現象じゃないと思う。ノノが言うには“森で光る影”を見た人もいるって」

レオンの表情がわずかに引き締まる。


彼は懐から折り畳まれた羊皮紙を取り出した。

「それに関して、俺も気になる記録を見つけた」

机の上に広げると、魔力の観測図が記されていた。

青と赤の線が波のようにうねり、その中心に“異常点”の印がある。

「これは学術都市セフィリオスの観測所から転送されたデータだ。ウィスフォレ周辺で、通常の百倍以上の魔力変動が記録されている。この数値……自然の域を超えている」


「魔物の巣か、あるいは――」

リィナが呟きかけた時、アランが口を開いた。

静かに、しかし迷いなく。

「……急ごう」

その声に、全員の視線が吸い寄せられる。

彼の瞳には、湯の光でも焔の反射でもない、まっすぐな意志が灯っていた。

「俺らにも出来ることがある。行こう」


レオンは苦笑を漏らした。

「相変わらず、即決だな……。だが、反対はしない」

 リィナは腕を組んで頷く。

「決まりね。商人ギルド経由で物資の手配はあたしがやる」

「よーし! 俺は荷車を押す係だな!」

 ボリスが笑いながら拳を握る。

「焔のハンマーで薪くらいなら一瞬で割ってやる!」

 笑い声が部屋を満たした。


それでも、窓の外にはどこか冷たい風が流れていた。

明日の旅路が、これまでとは違うものになる――

そんな予感を、誰もがうっすらと感じていた。

アランは窓を開け、遠い東の空を見上げた。

月が雲の切れ間から覗き、淡く照らしている。


「ウィスフォレか……」

小さく呟いた声は、夜風に溶けて消えた。


翌朝。ゴルツェの空は澄み渡り、鍛冶の煙が白く立ち上っていた。

アランたちは荷車を整え、次なる目的地――ウィスフォレ村へ向かう準備を終えていた。


まず向かったのは、アーグの工房だった。

朝日が差し込む中、金属を叩く音が響く。

そこには、見慣れた背中が一つ。

「おう、アランか。」

アーグが火花の中から顔を上げた。

その隣では、煤けた頬で黙々と金属を磨く影があった。

「ビタシィ……」


アランがつぶやくと、彼は少し気まずそうに笑った。

「お前らか。……もう俺は、あんなことはしない。師匠に殴られて、ようやく分かったよ。手間かけたな、本当に。」


アランは静かに頷いた。

「もういいさ。あとは、真っ直ぐ生きていけば。」

その言葉に、ビタシィの肩がかすかに震えた。

アーグは無言で槌を置き、にやりと笑う。

「ふん、こいつにもようやく“火”が戻ってきた。火を絶やさず打ち続ける。それが職人の贖罪ってやつだ。」


ボリスが笑って拳を掲げる。

「俺の鍋も完璧だ! あんたの顔に恥をかかせねぇように使いこなすぜ!」

「使い潰すなよ、デカブツ。火は長く燃やすもんだ。」

アーグの笑い声が工房に響き、アランたちは頭を下げて外へ出た。

 

そして、昨日、再会の席を設けてくれたガルデオン家の使者が、すでに門の前で待っていた。

木格子を抜けると、柔らかな香が漂う。

縁側に立っていたのは、淡い青のドレスに身を包んだレティシア・ガルデオン。

「もう発つのですね。」

アランが頷くと、レティシアは静かに微笑んだ。

 

その横顔は、昨日よりもどこか柔らかい。

「ゴルツェまでの護衛、感謝します。……そして、あなたたちと出会えたことも。」

「こちらこそ。お嬢様のおかげで、たくさんの学びがありました。」

リィナが礼をし、ボリスは頭をかきながら笑う。

「またどっかで温泉入りましょうぜ!」

レティシアは少し目を細め、アランを見つめた。

「アラン・オーガストレイ――あなたを見ていると、期待したくなるのです。まだ眠る“炎”が、いつかこの国を照らす日を。」


 

その言葉に、アランは一瞬言葉を失った。

しかし次の瞬間、柔らかく笑って応える。

「その時は、また一緒に温泉でも入りましょう。」

 

レティシアは思わず吹き出し、袖で口元を隠す。

「……ふふ。約束ですよ。」

風が吹き、街の鐘が鳴った。

別れの合図のように、青空へ音が響く。

アランたちは背を向け、坂を下りる。

湯の香りと鉄の音を背に、東の空――ウィスフォレの方角へと進んでいった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ