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英雄を夢見た少年は、王国の敵になる ―リベルタス―  作者: REI
第4章 救国の片鱗 森の都エレジア編

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第25話 情報は命よりも

昼下がりのゴルツェは、相変わらず湯煙と笑い声に包まれていた。

 通りには温泉まんじゅうの香りが漂い、旅人たちが行き交う。

 だが――その喧噪の中で、ひときわ耳ざとい少女がいた。

「へぇ~、ウィスフォレ村って、そんなに物資が足りてないの?」

 リィナ・カルセリオは露店の主に話しかけながら、買ったばかりの焼き芋を軽く振って冷ます。

 相手は旅商人の中年男。荷馬車の荷台には、干し肉や保存用の小麦粉が積まれている。

「東の方はひどいもんだよ。木々が枯れて、井戸の水も変な匂いがするって話だ。

 だからって王都は“自然の揺り返し”とか言って放っとく。俺たち商人はたまったもんじゃねえ」

「ふうん。……それで、みんなゴルツェまで買いに来るってわけね」

「いや、行商も減ってる。東部街道は魔物が増えててな。特に夜は危険だ。

 腕の立つ護衛でもいねえと、ウィスフォレまでは命懸けさ」

 男は肩をすくめ、ため息まじりに干し肉を包む。

 リィナは何気なく周囲を見渡した。湯の町の空気は相変わらず穏やかだが――その向こうに、少しずつ迫る“冷たい風”を感じた気がした。

「ねえノノ、聞いた?」

 隣で荷物袋を抱えていた小柄な少女が、こくりと頷く。

 見習い商人ノノ・フェリシア。柔らかい栗色の髪に、まだ年端もいかない顔立ち。

 だが商人らしく、聞いた話はすぐ帳面に書き留めていた。

「……木々が枯れてるって、変ですね。春なのに。

 水が悪いのか、それとも……魔力の影響、かな」

「さあね。でも、妙にピリピリしてるわ。

 あのアーグって鍛冶屋も言ってたじゃない。『金属が冷えすぎてる』って」

「それ、気になります。もしかしたら――」

「はいそこ、商人頭が顔しかめてないで、団子でも食べなさい。思考糖分よ」

 リィナは笑ってノノの口に温泉団子を押し込んだ。

 ノノがむぐむぐと咀嚼する様子を見て、露店の主人も思わず吹き出す。

「ははっ、いいコンビだな。お嬢ちゃんたち、もしウィスフォレ行くなら気をつけな。

 最近、“森の中で光る影”を見たって話も出てる」

「光る影……? 何それ、怖いわね」

「誰も正体を見た奴はいねえが、夜中に青白く光って、近づくと消えるんだとよ。

 畑が全滅したのも、その頃からだ」

 リィナは焼き芋をかじりながら、目を細めた。

 脳裏に、何か古い伝承の一節が浮かぶ――“森の魂が眠る時、大地は息を止める”。

 それがただの迷信であればいい、と一瞬だけ思った。

「リィナさん……私、やっぱり行きたいです。ウィスフォレへ。

 もし本当に異常が起きてるなら、早く伝えなきゃ」

「ま、アンタが言うと思ってた。あたしも暇してるしね。

 アランたちにも話しておこう。どうせあの子、こういう話には首突っ込むんだから」

 ノノは照れくさそうに笑い、頷いた。

 小さな手帳の端に、“ウィスフォレ物資運搬・同行者要請”と書き加える。

 その文字はまだ幼いが、意志はしっかりとした筆跡だった。

 夕暮れが迫るころ、街の端ではボリスの鍛冶仕事の音が響いていた。

 それはどこか、遠く東の空を呼ぶようなリズム――

 まるで次なる旅の合図のように。

「さてと。お風呂上がりにアランのとこ寄るか。

 “光る影”ってやつ、ただの噂で済めばいいけどね」

「でも……もし本当に何か起きてるなら、きっとアランさんは行くと思います」

 ノノの声は小さいが、確信に満ちていた。

 その横顔を見て、リィナはふっと笑う。

「まったく、似た者同士が増えてきたわね」

 夜風が湯煙を揺らし、遠くで鈴の音が鳴った。

 東方の森では、確かに何かが、静かに枯れはじめていた。

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