第24話 ガルデオンの試金
煙が街を包みこむ夜。
アランたちは夕刻まで観光を楽しんでいた。
温泉まんじゅうに舌鼓を打ち、街角の灯りに照らされるノノの笑顔を見て、アランは一瞬だけ戦いのことを忘れる。だがその穏やかな時間は、すぐに終わりを告げた。
「アラン様、こちらへ――お嬢様がお待ちです」
通りを歩いていると、ガルデオン家の紋章を刻んだ従者が現れ、丁寧に一礼した。案内された先は、町の奥にある老舗の料亭。瓦屋根の下からは、香ばしい出汁と炭火の香りが漂っている。
襖を開けると、そこにいたのは――レティシア・ガルデオンと、その父である金馬騎士団団長エルディス・ガルデオンだった。
蝋燭の光がゆらめく座敷。
金色に縁取られた軍装の上着を脱ぎ、武人でありながら静かな威厳をまとった男が、杯を手にしていた。
「……アランか。生きていたと聞いた時は、驚いたよ」
その声は穏やかだが、芯に刃を感じた。
アランは静かに座り、背筋を伸ばす。
「お初にお目にかかります。アラン・オーガストレイです。お招き、感謝いたします」
「礼儀は悪くないな。だが、その名を公に名乗る覚悟はできているのか?」
一瞬、空気が張りつめる。
レティシアが息をのんだ。だがアランは目をそらさなかった。
「はい。僕は――オーガストレイとして生きると決めました」
「ほう」
エルディスは杯を置き、じっと彼の目を見据える。
その眼差しは、若者の心を見通すような重みを帯びていた。
「オーガストレイ家が隠し事をするとは思っていなかった。だが……いまの王都には、血筋より“真の覚悟”が問われる時代が来ている」
「覚悟……ですか」
「そうだ。君は何を目指す?」
問われ、アランは少しだけ間を置く。
思い浮かぶのは、戦火に焼かれた村、そして助けられなかった人々。
その記憶が胸を締めつける。
「僕は……誰かを守れる力が欲しいんです。立場でも名でもなく、自分の意志で」
その言葉に、エルディスの唇がわずかに動いた。
表情の奥に、かすかな笑みが覗く。
「良い目をしているな。だが、“守る”だけでは、いずれ潰される。
この国を導く者は、時に刃を向ける覚悟も持たねばならん」
アランは唇を引き結んだ。
エルディスは杯を掲げ、穏やかに続ける。
「安心してくれ。我ら金馬は国王派であり、オーガストレイの同志だ。
君がどんな道を選ぼうと、敵ではない――それだけは覚えておけ」
その言葉に、アランは深く頭を下げた。
だが彼の胸の奥では、別の思いが渦巻いていた。
“王国派”と“改革派”――その間に生まれるであろう亀裂を、エルディスは誰よりも冷静に見ている。
そして彼の眼差しには、アラン自身の未来を測る“試金石”のような鋭さがあった。
「……ありがとうございます。僕は、どんな道であれ、自分の足で選びます」
「それでいい。レティシア、良い友を持ったな」
「はい、お父様」
その声は柔らかく、どこか誇らしげだった。
アランはふと彼女の方へ目を向ける。
湯上がりの頬がほんのり赤く染まり、どこかいつもより幼く見えた。
膳が運ばれ、三人は静かに杯を交わした。
金馬の酒は強く、喉を焼くような熱が走る。
けれどその熱は、奇妙に心地よかった。
「アラン、覚えておけ。
人を導く者とは、血でも名でもなく、どれだけ“己を燃やせるか”だ。
火を絶やすな。それが、君のような者に課せられた宿命だ」
その言葉は、まるで鍛冶場の火花のように、アランの胸に刻まれた。
湯煙の外では、夜風が静かに通り抜けていく。
遠く、鍛冶場からは金属を打つ音が響いていた。
――ボリスたちの夜も、また別の熱に包まれているのだろう。
アランは杯を置き、そっと深呼吸をした。
胸の内で何かが変わりはじめているのを、確かに感じながら。




