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英雄を夢見た少年は、王国の敵になる ―リベルタス―  作者: REI
第4章 救国の片鱗 森の都エレジア編

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第22話 魂の色

翌朝、ゴルツェの街には、湯けむりと鉄の匂いがゆるやかに漂っていた。

鉱山の騒動から一夜明けた街は、まるで何事もなかったかのように息を吹き返し、露店には湯上がり客と職人たちの笑い声が満ちている。


「さて、今日は少しのんびりしようか。」

背伸びをしたレオンに、リィナが腕を組んで頷く。

「温泉街なんて滅多に来られないしね。買い物、飯、湯——全部制覇するわよ。」

「お前の計画、いつも娯楽中心だな。」

アランが苦笑すると、リィナは得意げに笑った。

そんなやり取りを背に、ボリスは荷車の上から小さな布包みを抱え上げた。

中で脈打つのは、焔の心臓とも呼ばれる鉱石《焔心石》。赤い光が布の隙間からわずかに漏れ、朝の冷気の中で小さな命のように瞬いていた。


「……約束、果たしてくるか。」

 

アランとボリスは連れ立ってアーグの工房へ向かう。

鉄と油の匂いが満ちる扉を押し開けると、炉の奥でアーグが無骨な手で煙草をくゆらせていた。

「……来たか。」

「ええ、約束の品を。」

ボリスが布をほどくと、焔心石が真紅の輝きを放ち、赤鉄の壁を淡く染める。

アーグは黙って立ち上がり、その石を両の掌で包み込んだ。

ひび割れた指先に熱が伝わり、彼の瞳がわずかに揺らぐ。

「……間違いねぇ。こいつだ。まさか、またこの目で見る日が来るとはな。」


アーグは焔心石を掌に載せたまま、長い沈黙を落とした。

 炉の赤が石に宿る焔と溶け合い、まるでそこだけ別の命が息づいているようだった。

「こいつはただの鉱石じゃねぇ。焔心石は、“使い手”を選ぶ石だ。」

 低い声が工房に響く。

「本来の力を導くには魔力を流す必要がある、それに石が応える。心が澄んでいれば、その色は真の力を示す。逆に濁れば……暴発もある。扱いを誤れば命を焼かれるぞ。」


 アランとボリスは思わず息を呑んだ。

 アーグは、焔心石を炉の光の前に掲げ、ゆっくりとアランに差し出す。

「お前さんからやってみな。火を恐れず、心で叩け。」


アランは頷き、両手で石を受け取った。

掌に伝わる熱は、まるで鼓動のようだ。静かに目を閉じ、胸の奥に灯る魔力をそっと流し込む。

その瞬間、石の中心がぱちりと弾け、紅蓮の光が花のように広がった。

炎の揺らめきが彼の髪を照らし、周囲の空気がわずかに震える。

アーグの眉がわずかに上がった。

「真紅、か。まっすぐで、迷いのねぇ色だ。」

アランは息を吐き、額に浮かぶ汗を拭った。掌の中の石は穏やかに脈動を続け、彼の魔力に呼応していた。


続いて、ボリスが腕をまくりながら笑う。

「よし、次は俺の番だな!」

豪快に両手で焔心石を持ち、深呼吸をひとつ。

魔力を流し込んだ瞬間――赤かった光がふっと変わり、やわらかな桃色に染まった。

まるで春風のように暖かく、工房全体に柔らかな光が広がる。

アーグが口元を緩めた。

「ほぉ…お前の魔力は優しいな。面白ぇ。」

ボリスは目を瞬かせながら笑った。

「ははっ、派手なのか可愛いのか、よくわかんねぇな!」


アーグは炉の奥に焔心石を戻し、低く呟いた。

「色は魂のかたち。……この石で鍛えた武器は、持ち主と共に成長する。火を絶やさねぇ限り、何度でも蘇る。」

その言葉に、アランは思わず拳を握った。

焔心石は、今も彼の心臓の鼓動と同じリズムで光を放ち続けていた。


「アラン、お前の武器は俺にまかせろ」


そう言ってアーグは焔心石へ視線を落とした後、ふいに顔を上げてボリスを見据えた。


「……で、どうする。お前は俺を手伝う気があるか?」

「見よう見まねの整備くらいならやってたけど……足引っ張らないか?」

「武器が完成するまで、ここで叩け。お前自身の手でな」


ぽかんと口を開けたボリスに、アーグは言葉を続ける。


「お前の武器は少しばかり“特別”だ。鍛冶師だけが作るもんじゃない。持ち主自身が火に向かい、金属と心を打ち合わせてこそ……初めて形になる」


それは、重いが真っ直ぐな問いだった。自分は本当に――仲間の隣に立ちたいのか。


胸の奥が、熱を帯びていく。


「……やらせてくれ。俺も、俺の武器を……叩きたい」


アーグは短く鼻を鳴らした。


「なら、ついて来い。火傷しても泣くなよ」


その夜から、鍛冶場には鉄槌の音が鳴り響いた。


焔心石の赤が炉の炎と混ざり、鉄は、叩くたび火花を散らして形を変える。

汗が目に流れ、腕が震えても――ボリスは手を止めなかった。

アーグは余計な言葉を挟まない。ただ、その背中を黙って見届ける。


(俺は、仲間を守る壁になる。今度こそ――)


ハンマーが振り下ろされるたび、その想いは鋼へと刻まれていった。

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