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英雄を夢見た少年は、王国の敵になる ―リベルタス―  作者: REI
第4章 救国の片鱗 森の都エレジア編

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第21話 職人の形

坑道の出口から外の夜気に踏み出すと、冷たい風が頬を撫でた。

煤にまみれた顔にその冷たさが刺す。崩れた岩と散らばった鉄具を踏みしめながら、アランたちは捕らえた《腐鉄団》の連中を引き連れ、疲れ切った足取りで夜空の下へ出た。


そして、息を呑む。

坑口の影に、ひとりの男が立っていた。

アーグだった。誰よりも静かに、しかし確かにそこに立ち、彼らを待っていた。


アーグは一歩、前へ出た。

その視線はまっすぐにビタシィを射抜く。師が弟子を見つめる厳しさと、どこか懐かしさを滲ませながら。


「……俺の馬鹿弟子が、すまねぇ。」


短い謝罪が、坑口を抜ける風にかき消えそうに響いた。

それだけで、ここまでの年月の重さが伝わる。ビタシィは肩をすくめ、目を逸らす。誇りを持つはずの顔に、影が差していた。


アーグはゆっくり歩み寄り、弟子の前に立つ。

周囲の空気が凍る。アランたちは自然と足を止めた。

アーグの右拳が、静かに握られる。炉で鍛えられた拳――それは言葉よりも雄弁だった。


「お前……このナマクラはお前が打ったのか?」

顎を軽く掴み、目を覗き込む。

「その曲がった性根と、中途半端な技術。まとめて打ち直してやる。」


その声音には、怒りではなく、鉄のような決意があった。

ビタシィの唇が震えるが、声は出ない。

アーグは何も言わず、拳を胸へ叩き込む。


低い音が鳴った。

ビタシィは膝を折り、息を吐き出す。痛みと共に、瞳にかすかな光が戻る。

アーグは動かぬまま、静かに言葉を落とした。


「技は人を立たせるためのもんだ。理由があるなら、それを正せ。奪うだけの力は――技とは呼ばん。」


もう一撃はなかった。だが、その一拳だけで全てが伝わっていた。

沈黙が、裁きと赦しのあいだを揺れていた。


やがてアーグは肩越しにアランたちを見た。

「すまねぇが、あとはこっちに任せてくれねぇか?」


その声には、誇りと覚悟が混ざっていた。

アランは焔心石を抱えたまま、真っすぐ頷く。

「……わかった。親方、頼みます。俺たちは街へ戻って報告を。」


リィナ、レオン、ボリスもそれぞれに頷く。

ボリスは拳を握り、「親方、頼んだぜ」と短く告げた。

アーグは無言でそれに応え、弟子を見下ろした。


「こいつを縛って工房へ連れて来い。打ち直すのは鉄だけじゃねぇ。性根も、だ。」


ビタシィはうつむき、苦笑をこぼした。

だがその目には、どこか安堵が宿っていた。

それは、裁きであり、最後の救いでもあった。


夜風が一行の間を通り抜ける。

焔心石は掌で小さく脈打ち、冷めることなく赤く光っていた。


アランたちは振り返らず、静かに歩き出す。

背後では、アーグの低い声が再び響いていた。

それは、鉄を打つ音にも似た、師の誓いの声だった。



「……なんとか助けられたな。」

アランが息をついた。

崩れた坑道、倒壊寸前の支柱、瓦礫の下から救い出した鉱夫たち。

誰一人欠けることなく外へ出られたことに、胸の底から安堵が広がる。


リィナが腕を組み、眉を寄せた。

「でもさ、盗賊団だったんでしょ? 本当に親方に引き渡してよかったのかな。」


レオンが苦笑する。

「本来ならギルドの管轄だ。報告書は面倒になるだろうけど……」


ボリスが頭をかきながら笑った。

「ま、頭は親方が引き受けるって言ってたし、他は捕縛済みだ。壊滅したも同然だろ?」


リィナは肩をすくめる。

「まぁ、あの親方なら大丈夫か。弟子も鉄ごと叩き直されるわね。」


ボリスが「痛そうだな」と苦笑し、レオンは「鍛え直されるならまだ幸せだ」と呟く。


アランは空を見上げた。

夜雲の切れ間から、鉱山の煙を透かして星が瞬く。

その光を見つめながら、静かに言った。


「俺たちは、俺たちのやるべきことをやろう。それで十分だ。」


誰もが頷いた。

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