第21話 職人の形
坑道の出口から外の夜気に踏み出すと、冷たい風が頬を撫でた。
煤にまみれた顔にその冷たさが刺す。崩れた岩と散らばった鉄具を踏みしめながら、アランたちは捕らえた《腐鉄団》の連中を引き連れ、疲れ切った足取りで夜空の下へ出た。
そして、息を呑む。
坑口の影に、ひとりの男が立っていた。
アーグだった。誰よりも静かに、しかし確かにそこに立ち、彼らを待っていた。
アーグは一歩、前へ出た。
その視線はまっすぐにビタシィを射抜く。師が弟子を見つめる厳しさと、どこか懐かしさを滲ませながら。
「……俺の馬鹿弟子が、すまねぇ。」
短い謝罪が、坑口を抜ける風にかき消えそうに響いた。
それだけで、ここまでの年月の重さが伝わる。ビタシィは肩をすくめ、目を逸らす。誇りを持つはずの顔に、影が差していた。
アーグはゆっくり歩み寄り、弟子の前に立つ。
周囲の空気が凍る。アランたちは自然と足を止めた。
アーグの右拳が、静かに握られる。炉で鍛えられた拳――それは言葉よりも雄弁だった。
「お前……このナマクラはお前が打ったのか?」
顎を軽く掴み、目を覗き込む。
「その曲がった性根と、中途半端な技術。まとめて打ち直してやる。」
その声音には、怒りではなく、鉄のような決意があった。
ビタシィの唇が震えるが、声は出ない。
アーグは何も言わず、拳を胸へ叩き込む。
低い音が鳴った。
ビタシィは膝を折り、息を吐き出す。痛みと共に、瞳にかすかな光が戻る。
アーグは動かぬまま、静かに言葉を落とした。
「技は人を立たせるためのもんだ。理由があるなら、それを正せ。奪うだけの力は――技とは呼ばん。」
もう一撃はなかった。だが、その一拳だけで全てが伝わっていた。
沈黙が、裁きと赦しのあいだを揺れていた。
やがてアーグは肩越しにアランたちを見た。
「すまねぇが、あとはこっちに任せてくれねぇか?」
その声には、誇りと覚悟が混ざっていた。
アランは焔心石を抱えたまま、真っすぐ頷く。
「……わかった。親方、頼みます。俺たちは街へ戻って報告を。」
リィナ、レオン、ボリスもそれぞれに頷く。
ボリスは拳を握り、「親方、頼んだぜ」と短く告げた。
アーグは無言でそれに応え、弟子を見下ろした。
「こいつを縛って工房へ連れて来い。打ち直すのは鉄だけじゃねぇ。性根も、だ。」
ビタシィはうつむき、苦笑をこぼした。
だがその目には、どこか安堵が宿っていた。
それは、裁きであり、最後の救いでもあった。
夜風が一行の間を通り抜ける。
焔心石は掌で小さく脈打ち、冷めることなく赤く光っていた。
アランたちは振り返らず、静かに歩き出す。
背後では、アーグの低い声が再び響いていた。
それは、鉄を打つ音にも似た、師の誓いの声だった。
「……なんとか助けられたな。」
アランが息をついた。
崩れた坑道、倒壊寸前の支柱、瓦礫の下から救い出した鉱夫たち。
誰一人欠けることなく外へ出られたことに、胸の底から安堵が広がる。
リィナが腕を組み、眉を寄せた。
「でもさ、盗賊団だったんでしょ? 本当に親方に引き渡してよかったのかな。」
レオンが苦笑する。
「本来ならギルドの管轄だ。報告書は面倒になるだろうけど……」
ボリスが頭をかきながら笑った。
「ま、頭は親方が引き受けるって言ってたし、他は捕縛済みだ。壊滅したも同然だろ?」
リィナは肩をすくめる。
「まぁ、あの親方なら大丈夫か。弟子も鉄ごと叩き直されるわね。」
ボリスが「痛そうだな」と苦笑し、レオンは「鍛え直されるならまだ幸せだ」と呟く。
アランは空を見上げた。
夜雲の切れ間から、鉱山の煙を透かして星が瞬く。
その光を見つめながら、静かに言った。
「俺たちは、俺たちのやるべきことをやろう。それで十分だ。」
誰もが頷いた。




