第19話 赤鉄鉱山
火花が弾け、鉄槌の音が夜のゴルツェにこだました。
アランたちが赤鉄鉱山へ着いたのは、山の稜線が闇に沈みかけたころだった。
坑口のまわりには崩れた岩と焦げた木の柱。かつて王国を支えた鉱脈の面影はなく、今は熱と錆の匂いが混じる死んだ炉のようだった。
「……ひどいな。支柱が焼けてる。爆発でもあったか?」
レオンが灯光魔法を放つと、煤けた岩壁がぼんやりと照らされた。
「熱っ……空気が揺れてる」
リィナが手をかざすと、指先の周りで熱気が揺らめく。坑道の奥からは、地の底で誰かが息をしているような低い風が流れ出ていた。
「これが“赤鉄鉱山”か」
ボリスが肩のハンマーを軽く持ち直し、うっすらと笑う。
「アーグさんの工房より荒っぽい鍛冶場って感じだな」
「火と鉄の匂いは同じだ。……行こう、誰かがまだ中にいるかもしれない」
アランは剣の柄を握り直した。アーグの声が頭に蘇る。
――“鉄も人も、無理に鍛えるな”。
それでも足は前へ進んでいた。
坑道に入ると、空気が一気に重くなる。岩肌には赤く焼けた痕が走り、地面は黒く焦げ、ところどころで蒸気が吹き出している。
「まるで地獄の入り口だな……」
「やめてよ、縁起でもない」
軽口を交わしながらも、誰も油断していなかった。崩れた通路をリィナが軽やかに飛び越え、ボリスが支柱を押し上げ、レオンが魔力で崩落を固定する。
アランは剣を抜き、光を反射させながら進んだ。
「……待て、アラン」
レオンが耳を澄ます。
「今、聞こえたか? 奥から……鉄を打つ音がする」
全員が息を呑む。
――カン、カン、カン。
微かに響く槌音。まるで、誰かが今も作業を続けているようだった。
だが、その音には熱も気配もなかった。
乾いた鉄が泣くような、寒気を誘う響きだけが坑道の奥でこだましていた。
「……誰だ?」
ボリスが声を潜める。
答える者はいない。ただ、暗闇の奥から再び――カン、カン、と規則正しい音。
それは呼び声のようにも、警告のようにも聞こえた。
アランは一歩、足を踏み出す。
剣先が淡く光を帯びる。
「行こう。……あの音の正体を確かめる」
坑道の影が、ゆっくりと蠢いた。
松明の灯が揺れ、やがて数人の人影が浮かび上がった。頭巾を被り、新品の武器を構える男たち《腐鉄団》だ。
「チッ、やっぱり来た」
リィナが短剣を抜き、低く身を沈める。鋭い目つきが、暗闇に鋭角の光を走らせた。
先頭の男が鉄のパイプを床に打ち付け、鈍い音が坑道に響く。
「お前ら……何者だ?」
アランは一歩前へ出て、落ち着いて名乗った。
「爆発があったと聞いて様子を見に来た。閉じ込められた人がいれば助けるつもりだ」
男の唇が嘲るように裂ける。
「救出? はっ、笑わせるな。ここで俺らは生きてるんだ。好きに武器を作り、搾取されずにやってる。外の連中に助けてもらう筋合いはねぇ」
その声が下がると、暗がりの奥からひとつ、赤い光が浮かんだ。
髪は灰交じりの赤、その男は、他の賊とは明らかに風格が広がった。
「お前、ビタシィか」
アランの問いに、男はゆるりと笑った。笑みは鋭く冷たい。
「アーグの親方が? 素材もねえ、まともに鉄も打てねえ、鉱山が大事なら対策するべきだったんだ?笑わせてくれる」
声に乗るのは苛立ちと、どこかしつこい誇りだった。
彼の周囲の者たちも、肩を震わせて笑う。だが笑いは虚ろで、目は燃えるように生気を帯びている。
リィナの刃先が一閃する。
「そんな言い草、通るもんじゃないでしょ!ここに閉じ込められた人間がいるかもしれないの!答えて!他の人は出入りしてるの?」
「出入り? 言わせんな。ここは俺らの居場所だ。外の世界に関係ねぇ」
ビタシィが前に踏み出す。
「誰かが閉じ込められてる? んなもん、ほっときゃいい。あの頃の誇りなんざとっくに焼けちまった。もうとっくに俺らは1度死んでるんだよ」
アランの声が低くなる。
「なら一つ教えてくれ。焔心石はどこにある?」
その名に、ビタシィの顔が一瞬、閃光のように変わる。
殺気と懐旧が混ざった表情で、彼は冷たく笑った。
「焔心石?お前ら、本当に分かってねぇな。教えるわけねぇだろ。あれは俺らの命だ!」
坑道に重い沈黙が落ちる。松明の炎が波打ち、男たちの影が長く伸びた。




