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英雄を夢見た少年は、王国の敵になる ―リベルタス―  作者: REI
第4章 救国の片鱗 森の都エレジア編

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第19話 赤鉄鉱山

火花が弾け、鉄槌の音が夜のゴルツェにこだました。

 アランたちが赤鉄鉱山へ着いたのは、山の稜線が闇に沈みかけたころだった。

 坑口のまわりには崩れた岩と焦げた木の柱。かつて王国を支えた鉱脈の面影はなく、今は熱と錆の匂いが混じる死んだ炉のようだった。


「……ひどいな。支柱が焼けてる。爆発でもあったか?」

 レオンが灯光魔法を放つと、煤けた岩壁がぼんやりと照らされた。

「熱っ……空気が揺れてる」

 リィナが手をかざすと、指先の周りで熱気が揺らめく。坑道の奥からは、地の底で誰かが息をしているような低い風が流れ出ていた。


「これが“赤鉄鉱山”か」

 ボリスが肩のハンマーを軽く持ち直し、うっすらと笑う。

「アーグさんの工房より荒っぽい鍛冶場って感じだな」

「火と鉄の匂いは同じだ。……行こう、誰かがまだ中にいるかもしれない」

 アランは剣の柄を握り直した。アーグの声が頭に蘇る。

 ――“鉄も人も、無理に鍛えるな”。

 それでも足は前へ進んでいた。


 坑道に入ると、空気が一気に重くなる。岩肌には赤く焼けた痕が走り、地面は黒く焦げ、ところどころで蒸気が吹き出している。

「まるで地獄の入り口だな……」

「やめてよ、縁起でもない」

 軽口を交わしながらも、誰も油断していなかった。崩れた通路をリィナが軽やかに飛び越え、ボリスが支柱を押し上げ、レオンが魔力で崩落を固定する。

 アランは剣を抜き、光を反射させながら進んだ。


「……待て、アラン」

 レオンが耳を澄ます。

「今、聞こえたか? 奥から……鉄を打つ音がする」


 全員が息を呑む。

 ――カン、カン、カン。

 微かに響く槌音。まるで、誰かが今も作業を続けているようだった。

 だが、その音には熱も気配もなかった。

 乾いた鉄が泣くような、寒気を誘う響きだけが坑道の奥でこだましていた。


「……誰だ?」

 ボリスが声を潜める。

 答える者はいない。ただ、暗闇の奥から再び――カン、カン、と規則正しい音。

 それは呼び声のようにも、警告のようにも聞こえた。


 アランは一歩、足を踏み出す。

 剣先が淡く光を帯びる。

「行こう。……あの音の正体を確かめる」


坑道の影が、ゆっくりと蠢いた。

松明の灯が揺れ、やがて数人の人影が浮かび上がった。頭巾を被り、新品の武器を構える男たち《腐鉄団》だ。


「チッ、やっぱり来た」

リィナが短剣を抜き、低く身を沈める。鋭い目つきが、暗闇に鋭角の光を走らせた。


先頭の男が鉄のパイプを床に打ち付け、鈍い音が坑道に響く。

「お前ら……何者だ?」


アランは一歩前へ出て、落ち着いて名乗った。

「爆発があったと聞いて様子を見に来た。閉じ込められた人がいれば助けるつもりだ」


男の唇が嘲るように裂ける。

「救出? はっ、笑わせるな。ここで俺らは生きてるんだ。好きに武器を作り、搾取されずにやってる。外の連中に助けてもらう筋合いはねぇ」


その声が下がると、暗がりの奥からひとつ、赤い光が浮かんだ。

髪は灰交じりの赤、その男は、他の賊とは明らかに風格が広がった。


「お前、ビタシィか」

アランの問いに、男はゆるりと笑った。笑みは鋭く冷たい。


「アーグの親方が? 素材もねえ、まともに鉄も打てねえ、鉱山が大事なら対策するべきだったんだ?笑わせてくれる」


声に乗るのは苛立ちと、どこかしつこい誇りだった。

彼の周囲の者たちも、肩を震わせて笑う。だが笑いは虚ろで、目は燃えるように生気を帯びている。


リィナの刃先が一閃する。

「そんな言い草、通るもんじゃないでしょ!ここに閉じ込められた人間がいるかもしれないの!答えて!他の人は出入りしてるの?」


「出入り? 言わせんな。ここは俺らの居場所だ。外の世界に関係ねぇ」

ビタシィが前に踏み出す。

「誰かが閉じ込められてる? んなもん、ほっときゃいい。あの頃の誇りなんざとっくに焼けちまった。もうとっくに俺らは1度死んでるんだよ」


アランの声が低くなる。

「なら一つ教えてくれ。焔心石はどこにある?」


その名に、ビタシィの顔が一瞬、閃光のように変わる。

殺気と懐旧が混ざった表情で、彼は冷たく笑った。


「焔心石?お前ら、本当に分かってねぇな。教えるわけねぇだろ。あれは俺らの命だ!」


坑道に重い沈黙が落ちる。松明の炎が波打ち、男たちの影が長く伸びた。

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