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英雄を夢見た少年は、王国の敵になる ―リベルタス―  作者: REI
第4章 救国の片鱗 森の都エレジア編

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第17話 天才鍛治職人の眼

湯屋の前で、アランたちは立ち止まり、レティシアへ向き直った。

「此度は護衛の依頼を引き受けてくださり、ありがとうございました」

レティシアが深く一礼する。淡い外套の裾が風に揺れ、月明かりに銀糸のようにきらめいた。

「これで、終わりですね」

アランが微笑む。「無事に街へ着けて何よりです」


リィナが肩をすくめる。「貴族のお嬢様の護衛なんて、もっと気を張るかと思ったけど……案外、楽しかったわ」

「ふふ。皆さまが頼もしかったおかげですわ」

レティシアは穏やかに笑う。その声は湯けむりの残る夜気に溶け、やわらかく響いた。


「そりゃ当然っす!」とボリスが胸を張る。「俺ら、どんな道でも無事にお連れします!」

レオンが呆れたようにため息をつく。「次の依頼では、もう少し控えめに頼む」

「へへっ、つい嬉しくてさ」

そんなやり取りに、レティシアは微笑を深めた。


「皆さまのような冒険者と出会えたこと、私も誇りに思います」

そして少し目を伏せ、静かに言葉を続けた。

「この街で療養が終わったら、王都へ戻ります。またどこかで、きっとお会いできますね」


アランは短く息を吸い、穏やかに頷く。

「おう。そのときはもう、友達として会おうぜ」


レティシアの表情がふっと和らいだ。

「まだしばらくはゴルツェに滞在しています。またお食事でもお誘いしますわ」


付き人のクリナが一歩下がって頭を下げ、馬車の扉が静かに閉まる。

蹄の音が石畳を打ち、車輪がゆっくりと動き出した。


アランたちはその背を、しばらく見送っていた。

湯煙の残る街の灯が、やがて霧の向こうに溶けていく。


「……いい貴族もいるんだな」

ボリスの言葉に、誰も異を唱えなかった。


翌朝、ゴルツェの空は白い煙に覆われていた。

山肌に並ぶ煙突からは鉄と火の匂いが立ちこめ息づいている。


アーグの工房は、その奥まった一角にあった。

分厚い鉄扉を押し開けると、熱気が顔を撫で、赤々と燃える炉の光がアランとボリスの頬を照らした。

壁には大小の槌が整然と掛けられ、奥では溶けた鉄がゆっくりと流れている。


「来たか、若造」

アーグは炉の前で腕を組み、鋭い目を向けた。

昨夜の湯屋で見せた穏やかさは消え、職人の厳格な表情だけが残っている。

「見せてみろ。お前らの“武器”を」


ボリスが大鍋とフライパンをどんと置き、アランは静かに剣を差し出した。

アーグは柄を握り、片目を細める。


「……ほう、見覚えのある造りだ。それに魔道具として改良してあるのか」

刀身を光にかざすと、かすかに走る亀裂が赤熱の光を反射した。

「刀身が割れた形跡があるな。上手く直してあるが……魔力伝導率が落ちてる」

鋭い視線がアランに向く。

「ったく、どんな使い方したんだ」


アランは苦笑いを浮かべるしかなかった。

アーグは溜め息をつき、手早く刀身を拭いながら続ける。

「坊主、魔法を上手く使えないんだろ。だからこのタイプの剣を選んだのか」

その一言に、アランの指先がわずかに震える。見抜かれた、という感覚が走った。


「ええ、まだ修行が足りないので」

 アランの答えに、アーグは鼻を鳴らした。

「悪くねぇ。だがこの先、この剣じゃもたねぇな」

 炉の炎がぱちりと弾ける。

「だが、お前の剣は今はこれがベストだ。手は入れてやろう。」

「助かります!」

アランが安堵の息を吐いたとき、アーグの視線が横に逸れる。

「さて……問題はお前の武器だな、ぽっちゃり坊や」


ボリスは苦笑しながら荷を下ろし、そっと二つの鉄器を床に置いた。

ひとつは柄のついた大きなフライパン。もうひとつは、鍋の蓋のような丸い盾。

どちらも長年使い込まれ、無数の傷が刻まれていた。


アーグはしばし黙ってそれを見つめ、腕を組む。

「……こんな武器は見たことがねぇな」

低く呟いた声には、呆れと、ほんの僅かな興味が混じっていた。

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