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英雄を夢見た少年は、王国の敵になる ―リベルタス―  作者: REI
第1章 始まりの風 王都リュミエール編
23/209

20話 麻薬混入

翌日の冒険者ギルド。

朝の喧騒の中でも、どこか張りつめた空気が漂っていた。

「下層の市場でまた叫んでる連中が出たって……。衛兵隊が抑えてるけど、もう限界みたいです」


「……また?」

リゼットの声がかすかに低くなる。


ここ数日、王都のあちこちで怒鳴り声や口論が増えていた。

食糧の値上がり、失踪した家族、突然消えた荷馬車その一つ一つは小さな火種かもしれない。

だが、いまは風が吹けば火が燃え上がるほど、街全体が乾ききっていた。


通りでは、朝から怒鳴り声が飛び交い、喧嘩を仲裁する衛兵の姿が珍しくなくなってきている。

ほんの数日前までは「今日も平和だ」と言えたこの王都で、


今は、いつ暴動が起きてもおかしくない緊張が、地下水のように街を満たし始めていた。


受付カウンター越しに書類を整理していたリゼットのもとへ、一人の職員が駆け込んでくる。


「リゼットさん、ちょっと……!」


「なに?」


「登録新人のティナ・エルフォル……路地裏で発作を起こして暴れたらしい。近くにいた子どもが巻き込まれて軽傷。ティナ本人も壁に頭を打って、意識が――」


「……ギルド長には?」


「報告済みです。でも、もう止められないかも……」

(まずい!アランくんが聞いてる。)

その声を、傍で聞いていたアランの耳がとらえた。

「……ティナが?」

立ち上がったアランの表情が、見る間に硬くなる。


「何があった?まさか、あのときの……変な薬?」


ギルド職員が頷く。

「検査の結果、麻薬系の幻覚剤……“幻花粉”。ごく微量だけど検出されたわ、確実に盛られてたみたい。いま医務室で手当て中だけど、意識はまだ戻らない」


「誰が……」

アランの拳が震える。

「……誰がそんなことを」

その目の奥で、怒りと悔しさが煮え立っていた。


「騎士団や兵士は何やってんだよ……!」


アランの拳が机を叩いた音が、ギルド内の空気を揺らす。

「毎日、毎日――被害者が出てるのに、見て見ぬふりかよ!

 ティナだって……あいつだって、」

息が荒い。言葉が、怒りと悔しさでつかえながら続いていく。


「そんなもん……誰かが止めなきゃ、もっと広がるに決まってんだろ!

 誰かが、止めなきゃ――!」


アランの目には、激情の奥に一途な光が宿っていた。

「……だったら、俺がやる。俺が止めてやるよ。たとえ一人でも!」


リゼットがすぐに遮る。

「アラン。あなた、まさか――」

(お願い、行かないで)


「行くよ。」

アランは短く言い切った。


「誰もやらないなら、俺がやる。俺一人でも止めてみせる。出来るかどうかじゃない!やってみなきゃ、わかんねだろ!」

ギルド職員たちが騒然となる。

「待て!そんな危ない連中に素人が関わったら――!」

「情報もなしに動いたら、自殺行為よ!」

「アラン、お前…!」

レオンの声も鋭く響いたが、アランは首を振った。


「見て見ぬふりはもう出来ない。

 あいつ、俺と同じ日に登録したんだぞ。その辺の人じゃない。仲間みたいなもんだろ!」


誰かがやらなきゃ、何も変わらない。

その目には、もう迷いはなかった。



リゼットがしばし無言のまま、アランを見つめ――小さく目を閉じた。

(こうなったら言っても無駄ね。せめて死なないように)

「……なら、せめて情報だけは渡すわ。動くのは、それからよ」

リゼットは書類の束の中から一枚を取り出し、机の上に広げた。

「ギルドでも内々に調べてみたの。

 ただ――動いてるのはかなり慎重な連中。今のところ、明確な情報は掴めてない」

アランは無言でうなずく。


その瞳は、決して揺れていなかった。そこへ、一人の男が口を挟んだ。

分厚い腕組みをした、鋭い眼光の壮年冒険者――ダグラスだ。

「まったく、ガキが一人で突っ込もうってのに……しょうがねぇな」

(こりゃまずいぜ、死ににいくようなもんだ。)


彼はぼやきながら、アランに一枚の紙切れを手渡す。

「貧民街の〈迷い子の灯〉って酒場。古いが、情報屋の出入りがある。

 ……あそこなら、裏の話も転がってるかもしれん。話を聞きたきゃ、ここの“モークス”って奴を探せ」


アランが礼を言うと、ダグラスは目を細めた。

「無茶はするな。だが――やるって決めたなら、最後までやり通せ。

 信じるもんを投げ出すなよ坊主。」


その言葉を胸に刻み、アランはギルドの扉を開けて外に出た。


扉が閉まる、わずかな音――

その後ろでは、沈黙が落ちていた。


ギルドの奥、レオンは壁際にもたれかかっていた。

その目は、すでに閉ざされた扉をじっと見つめている。


「……勝手にしろ、バカが」

つぶやく声は、誰にも届かない。



一方、カウンター奥ではリゼットが、周囲の職員たちに目配せをする。

「ダグラスさん、可能な限りで待機して。何かあればすぐに動けるように。

 新人の暴走ってだけじゃ済まされない。もしかしたら死人も出るかも、裏に何かあるのは確実よ。」


他の冒険者たちも、ただならぬ空気に口を閉ざし、準備を始めていた。


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