第16話 動かない思い
ギルドの出張所は、石造りの質素な建物だった。
壁には煤がこびりつき、扉の取っ手さえも鉄製。
中では筋骨隆々の職人や傭兵風の冒険者たちが行き交っていた。
報告を終えたアランたちは、掲示板に並ぶ依頼書を眺めていた。
「護衛、採掘、運搬……あと、鍛冶の手伝いまであるのか」
レオンが依頼票を指でなぞり、わずかに眉を上げる。
「ふふ、働き者の街らしいわね」
レティシアが興味深げに辺りを見回す。
「整備か。俺、簡単な修理くらいならできるぞ」
アランが胸を張ると、リィナが吹き出した。
「へぇ、意外と器用なのね? じゃあ次は私の短剣もお願いしようかな。すぐ刃こぼれするんだ」
「やめときな。アランの“簡単な修理”は、たぶん火花と爆発つきだよ」
ボリスの冗談に場が和み、ノノもくすっと笑った。
「そういえば――アーグさんの工房、すぐ近くなんです。もしよければ、寄ってみます?」
ノノの提案に、アランの目が輝く。
「もちろん行く! 前に名前だけは聞いたことある。ゴルツェの天才鍛冶職人だろ?」
厚い岩壁を削って造られた建物が、煙と熱気の中に姿を現した。
入り口の上には、鉄板を叩き彫りで作られた紋章――交差するハンマーと剣。
無骨な文字で〈アーグ鍛造房〉と刻まれている。
近づくだけで、肌を焼くような熱気が伝わってくる。
鉄と炭火の匂いが重く漂い、奥からは規則的な打撃音が響いていた。
「ここが、アーグさんの工房」
ノノが荷車を止め、小さく囁く。
「でも、気をつけて。機嫌が悪いと、話も聞いてくれないから」
アランは軽く頷き、扉を叩いた。
返事はない。
しかし次の瞬間、内側から鉄の軋む音とともに扉が開く。
現れたのは、分厚い腕をしたドワーフの男だった。
焦げ茶の髭に、火傷の残る片腕。
鋭い灰色の瞳が一行を一瞥する。
「見慣れねぇ顔だな。……観光か、それとも冷やかしか?」
声は低く、溶けた鉄のように重かった。
工房の中は、壁一面に剣や斧、槍が並び、どれも一点の歪みもない。
刃文の輝きだけで、どれほどの技が込められているかが伝わってくる。
「……すげぇ」
アランが思わず息を呑む。
「おっさん、腕がいいんだな! 俺の剣をちょっと見てくれないか?
この前、刃こぼれに加えて持ち手も折れたんだ。ダメなら新しいのを頼みたい!」
少年らしい率直さに、アーグは一瞬だけ手を止めた。
しかし、何も言わずに槌を振り下ろす音を再開する。
ボリスが大鍋を差し出した。
「これ、見てもらえませんか? ちょっと歪んでて――」
アーグの動きが再び止まる。
ゆっくりと顔を上げ、鍋とアランたちを一瞥する。
その視線は短く、冷たかった。
「……帰れ」
「え?」アランが思わず声を上げた。
「俺の仕事じゃねぇ」
それだけ言うと、アーグは鍋を見ることもなく、炉の奥へと戻っていった。
ゴウッ、と火が唸り、鉄を突き入れる音が響く。
――会話は終わった。
「な、なんだよそれ……!」
アランが食いかかろうとするが、レオンが静かに腕を押さえた。
「やめておけ。今は無駄だ」
ノノが苦笑して小声で言う。
「他の職人さんも紹介できます。ここは……ダメだったかも、ごめんなさい」
外に出ると、風が熱気をさらっていった。
鍛冶場の扉の向こうからは、まだ鉄を叩く音が響いている。
「……俺、決めたんだ」
小さく呟いた声には、揺るぎのない色があった。
「俺の剣は、あの人に見てもらう。アーグじゃなきゃ、ダメなんだ!」
リィナが呆れたように眉を上げる。
「もう、決めたら一直線なんだから。そういうとこ、子供っぽいのよね」
「いいじゃねえか」
ボリスが笑って肩を叩く。
「俺も気になるぜ、あの職人。炎の匂いがした。――また明日、来てみよう」
レオンがため息をつき、冷静に言い返す。
「おい、ここに留まる理由はない。武器なら他にもあるだろう」
ノノが間に入るように手を挙げた。
「えっと、とりあえず……温泉に行きませんか? 考えるのはそれからでも遅くないですよ!」
リィナがくすっと笑い、アランの頭を軽く叩いた。
「ほら、子供は湯で頭を冷やしてから。ね?」




