第15話 湯の香り
焦げた鉄と油、そして温泉の硫黄が混じり合う、どこか懐かしくも独特な匂い。
見上げれば、灰色の煙がいくつも空へと立ちのぼっている。
「……すごい」
アランが思わず声を漏らした。
眼下に広がるのは、山肌にへばりつくように造られた工房都市――〈ゴルツェ〉。
大小さまざまな鍛冶場が階段状に並び、屋根の上には鉄煙を吐く無数の煙突。
石造りの道を行き交う職人たちは、煤まみれの顔に誇りを宿し、ハンマーを肩に担いでいた。
「これが“技と誇りの街”ってやつか」
ボリスの言葉を思い出しながら、アランは胸の奥が熱くなるのを感じた。
街そのものがひとつの工房のように、鉄と炎の鼓動で生きている。
「アランさん、あちらを」
ノノが先を指差す。
街の中央には巨大な鉄製の鐘楼があり、その下に“冒険者ギルド支部”の看板が掲げられていた。
周囲には鉱石の取引所や素材屋が立ち並び、職人たちが声を張り上げて値を競っている。
「鉄鉱石、上等品だ!!それくれ!」
「こっちは魔鋼の欠片だ、鍛造炉で出た残りだぞ!」
「こんな品質じゃ良いものが出来ねぇだろ!他のだせ!」
怒号と笑い声が交錯し、街そのものが鼓動しているようだった。
アランは思わず笑みを浮かべた。
「王都の市場より、ずっと熱気がある」
「ふふ、わたくしも少し驚きましたわ」
隣でレティシアが微笑む。
風に揺れる金の髪を押さえながら、瞳を細めて煙突の列を見上げた。
「鉄と湯の街どこを見ても“生きる音”がしますのね。ここにいるだけでも元気がもらえますわ」
「そうだな。あ、見てくれ、あの店! 剣だけで十種類以上ある!」
アランは通りの一角に並ぶ武器屋を指さした。
「片刃の剣に、両刃、あれは、獣骨を混ぜたやつ? うわ、あれなんか刃の形が逆だ!」
「反り刃のグレイブですわね。曲線の刃は、斬り込むときに力が逃げにくいのです」
「へえ、詳しいな。レティシアも武器好きなのか?」
「いいえ、ただ……昔、父の戦友がよく見せてくださったのです。桜の似合う明るいお方でしたわ、色んな武器をよく磨いておられましたわ」
その横顔を見て、アランは少し笑う。
「その人、相当武器が好きなんだな!」
「ふふふ、そうですね。あなたに似てるかも知れません。同じように武器を見て笑ってましたわ」
彼女は肩をすくめてくすりと笑う。
「俺も、武器の強化したいな」
アランは手にした愛剣を見つめ、にやりと笑った。
「良い職人に出会えることも願う限りだな」
「ふふ。あなたらしいですわね」
ノノが後ろから元気よく声を上げる。
「ゴルツェの人たちは、仕事に誇りを持ってるんです! たとえ王都に笑われても、ここが“鉄の心臓”だって、誰も疑ってません!」
その言葉に、アランはふっと息を吐いた。
ハンマーの響きが重なり、山々に反響している。
カン、カン、カン――。
それはまるで、この街そのものが心臓を打つ音だった。
「さあ、行きましょう」
レティシアが扇を軽く畳み、上品に微笑む。
「まずはギルドで依頼達成の報告、それから温泉ですわね? せっかくですもの、皆さんも一緒に行きましょう」
その声音には、わずかに楽しげな響きがあった。
ノノがぱっと顔を輝かせる。
「美女の湯へご案内します! ちょっと熱いけど、お肌つるつるになるんですよ!」
「へぇ、そんな効果あるなら俺も――」
アランが言いかけたところで、リィナがすかさず口を挟む。
「残念、男湯と女湯は別だからねぇ。アランは湯あたり注意だよ、子どもはのぼせやすいんだから」
「リィナもそんな変わらねぇだろ!」
「ふふっ、無理なさらないほうがよろしいですわ。倒れでもしたら、湯殿に迷惑ですもの」
レティシアがくすくすと笑い、ノノまでつられて笑った。
アランは肩をすくめて、苦笑いを浮かべる。
「はは、好きに言えよ。けど、湯に浸かって疲れを流すのは悪くないな」
「うん! この街の湯は鉄分が多いから、疲労回復にぴったりなんです!」
ノノが元気に説明する。
「それじゃ決まりだな。ギルドで報告して、温泉だ」




