第14話 案内人ノノ
峠を抜けた先、風が少し柔らかくなった。
ノノは荷車の傍らで、小さく頭を下げた。
「助けてくれて、本当にありがとうございました」
泥に汚れた手をぎゅっと握りしめる。
「あの、ただで助けてもらったってのは嫌なんで、せめてお礼をさせてください」
「お礼?」リィナが首を傾げる。
「はい。あたし、ゴルツェには何度か行ってるんです。宿も店も道も知ってます。だから、案内させてください!」
その言葉に、ボリスが目を丸くし、レオンが静かに笑う。
「恩返しに案内か。悪くない選択だな」
「気は強いが、悪い子じゃなさそうだね」リィナが頬を緩めた。
アランは頷き、ノノの頭を軽く撫でた。
「じゃあ、頼んでもいいか? この先の道はあんまり詳しくなくて」
「はいっ!」
峠道を下る彼らの前に、やがて遠くの谷あいから湯煙のような白い靄が立ち上るのが見えた。
ノノは歩きながら、小さく息をついた。
「あの、知ってますか?《腐鉄団》、ほんとは悪い人たちじゃなかったんですよ」
その言葉に、アランたちは目を向けた。
「どういうことだ?」
「もともと、あの人たち鉱山で働いてたんです。鉄や魔鉱石を掘って……でも、王都が税を上げて、収入が減っちゃって生活ができなくなって。それで、ああやって……」
ノノの声は沈みがちだった。
レオンが低く呟く。
「王国の採掘政策の影響か」
「うん。それで、みんな仕方なく賊の真似ごとをして。中には、“アーグさん”の弟子だった人もいるみたい」
「アーグ?」
アランが聞き返すと、ノノは小さく頷いた。
「“ドワーフのアーグ”。ゴルツェの近くの鍛冶場に住んでる人です。昔は王立工房の職人で、“魔鋼合金”っていう特別な技術を作ったって。けど、王国と揉めたりして」
「工房を閉じた、ってわけか」
ボリスが重い声で言い、手にした鍋盾を見つめた。
「王国と対立、ね……まさか宰相が絡んでいるわけじゃないだろうな。」
レオンは、また厄介な事態に巻き込まれそうな予感に眉をひそめた。
「でもね」ノノが微笑を浮かべる。
「アーグさん、温泉が大好きなんです。仕事のあと、よく湯治に来るって。職人仲間の間じゃ、“湯気を見れば心が冷える”って言うくらい有名なんですよ」
その言葉に、リィナが吹き出した。
「湯気で心が冷える、ね。なかなか詩人じゃないの」
「職人は案外、詩人みたいなもんだろ」
アランが笑うと、レオンがちらりと彼を見る。
「アラン、まさか会いに行くつもりか?」
「魔鋼合金って素材、気になるな。旅の途中で出会えるなら、話だけでも聞いてみようぜ」
彼の瞳が、遠くの湯煙に映る光を捉えていた。
ノノは嬉しそうにうなずく。
「じゃあ、あたしが案内します! アーグさん、気難しいけど、お湯の中なら話してくれるかもしれません」
風が流れ、木々の葉がざわめく。
峠を下る道の先――湯煙の向こうに、職人たちの街〈ゴルツェ〉が姿を現し始めていた。




