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英雄を夢見た少年は、王国の敵になる ―リベルタス―  作者: REI
第4章 救国の片鱗 森の都エレジア編

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第13話 腐った鉄の心

午後の日差しが、薄く霞んだ山道を照らしていた。

 春とはいえ、ゴルツェへ続く峠道の空気は冷たい。鳥の声も風の音も、どこか遠く、山肌に吸い込まれていく。


 アランたちは馬車を降り、徒歩で道を進んでいた。街まではあと一刻。白い岩肌と低木が続く寂しい景色の中、足音だけが響く。


 そのとき――。


「……誰か、いる」

 最初に気づいたのはレオンだった。

 彼は足を止め、指先を軽く上げて仲間に合図を送る。


 曲がりくねった坂道の先に、ひとりの少女がいた。

 栗色の髪を布でまとめ、背丈ほどもある木箱を載せた荷車を必死に押している。

 裾は泥に汚れ、肩は震えていた。


 少女――ノノ・ウエストンは、何度も肩越しに後ろを振り返っている。

 リィナが眉をひそめ、鼻を鳴らした。


「おかしいね。あの荷車……薬草と鉱石の匂いがする。商人にしては、護衛がいない」


「獲物ってわけか」

 ボリスが低く呟き、背中の大鍋を構える。


 その瞬間、空気が張りつめた。岩陰から鉄の鈍い光――。


 矢が一本、風を裂いて飛んだ。


「伏せろッ!」

 アランの声が響く。ノノが身を屈めた刹那、矢は荷車に突き刺さり、薬草の束が宙に舞った。


 岩の上から三つの影が躍り出る。

 黒ずんだ革鎧、鉱山用のツルハシと手斧。

 鼻を刺す錆びた鉄の臭い。


「《腐鉄団》か……」

 レオンが呟く。


「よそ者がしゃしゃり出るな! こいつは俺たちの“補給物資”だ!」

 声は荒んでいるのに、不思議とどこか職人めいた響きをしていた。


 だが次の瞬間には、鋼の軋む音が峠に満ちる。

 ツルハシの刃が日を反射し、静かな山道が一気に戦場へと変わった。


 リィナが短剣を抜き、風のように駆ける。

 ボリスが前へ出て、鍋盾で矢を受け止めた。


「アラン、前は俺が持つ!」

「頼んだ!」


 アランが踏み込み、抜き放たれた剣が陽光を裂く。

 鋼がぶつかり合い、火花が散る。

 その間にレオンが詠唱を重ねた。


「凍てよ、《グラシエ・バイン》」


 蒼い光が走り、盗賊たちの足元に霜が広がる。

 氷が割れる音とともに、彼らの動きが鈍った。


「動きを止めた、今だ!」

「了解っ!」


 リィナが一閃。短剣の柄で後頭部を叩きつけ、ひとりが崩れ落ちる。

 残る二人が怒号を上げて突進。

 ボリスが盾を押し返し、アランがその隙を突いた。


 ――金属音。

 ――砂煙。


 最後のひとりが膝をつき、ツルハシを落とす。

 すべてが終わるまで、わずか数十秒。

 見事な連携だった。


 春の風が吹き抜け、血と鉄の匂いをかすかに運んでいく。


 ノノは震える手で口を押さえ、アランたちを見上げた。

「……助けて、くれたの?」


「ああ。もう大丈夫だ」

 アランが剣を下ろし、微笑む。

 彼女の頬には泥がついていたが、瞳には消えない光が宿っていた。


「ノノ・ウエストンです。薬草と鉱石を……ゴルツェに届ける途中で……」

 息を整えながら名乗る彼女に、リィナが軽く笑って手を差し出した。


「運が悪かったね。でも、ここからは私たちが一緒だ」

 ノノは戸惑いながらも、その手を握り返した。


 その背後でレオンが、倒れた賊のツルハシを拾い上げる。

 錆びた柄には、かつて鉱山職人が刻む印が残っていた。


「……彼ら、元は鉱夫だ。腕は悪くない。けど――折れちまったんだな、何かが」


 アランは小さく頷き、視線を峠の先へ向けた。

 風が、淡い湯気を運んでくる。


 ――ゴルツェ温泉街は、もうすぐそこだった。

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