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英雄を夢見た少年は、王国の敵になる ―リベルタス―  作者: REI
第4章 救国の片鱗 森の都エレジア編

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10話 金馬騎士団の娘

朝の冒険者ギルドは、いつになく慌ただしかった。

 受付前の掲示板には新しい依頼書が貼られ、紙の擦れる音と冒険者たちのざわめきが絶えない。

 冬の冷たい光が窓から差し込み、金属の装備や魔導石をきらりと反射させていた。


 その喧騒の中、レオンとボリスは受付カウンターに並んでいた。


 リゼットが書類の山を整理しながら、ちらりとふたりに目をやる。

「おはよう。……アラン君は?」


「宿で準備中だ。荷物が多いからな」

 レオンが淡々と答えると、リゼットは小さく頷いて書類をめくった。


「で、今回は東方部方面に向かうんだっけ?途中でできる依頼を探してるんでしょ?」


「ああ。王都から離れる道中で、自然に動けるやつを」


「なるほどね……ちょうどいいのがあるわよ。」


 リゼットは分厚い束の中から一枚を抜き取り、カウンターに置いた。

「東部山間部、ゴルツェまでの護衛依頼。依頼主はガルデオン家のお嬢様。金馬騎士団の団長の娘さんよ。」


 ボリスが眉を上げる。

「ガルデオンって確か騎士団でも名の通った家だよな?」


「ええ。今回は“温泉行き”の旅らしいわ。美容にいいとかで、急に行きたいって言い出したんだって。護衛が足りなくて困ってるの」


「貴族のお嬢様の温泉護衛か……」

 ボリスは腕を組み、ふむと唸る。


「山間部なら盗賊か魔獣が少し出るくらいだろう。悪くない。報酬も堅いし、信頼も稼げる。」


「へぇ、ボリスくん、今日はやけに真面目じゃない」

 リゼットが微笑むと、彼は胸を張って言い返した。


「俺だって考えるときは考えるさ!」

 そのやり取りにレオンが冷静に口を挟む。


「……珍しくまともなことを言ってるな。明日は雪でも降るか?」


「おい、信用ないな!」

 笑いが弾け、リゼットの表情も少し柔らかくなる。


「護衛任務なら丁度いいわね。エレジア方面にも繋がるし」

 リゼットがそう言って書類に印を押そうとしたところで、ふと顔を上げた。


「ねぇ、レオンくん。ランク試験はいいの?そろそろ受ける予定だったんじゃない?」


「ええ、まぁ……一番ランクの低いアランが“いい”って言うんです。仕方ないですよ。」

 わずかに口元を緩めて答えるレオンに、リゼットは目を細める。


「ふふ、そう。あなたらしいわね。」


 それから少しだけ声を落とした。

「……アラン君、昨日は実家に行ったんでしょ?」


 その言葉に、ボリスが気まずそうに頬をかく。

「おう、行ったな。で、暗い顔して帰ってきた。あれはなかなか見ない顔だったぜ」

「ボリス」


 レオンが低く制した。

「余計なことは言わなくていい」


「お、おう……悪い」


 リゼットはふっと息を吐く。

「ふーん。だから“東方部”ってことなのね。……もしかして、エレジアに向かうのかしら?」


 その問いに、レオンは少し間を置いてから答えた。

「……まぁ、内密に。静かに向かいたいんです。」


 リゼットはそれ以上追及せず、静かに頷いた。

「わかったわ。気をつけてね。」


 その後、事務手続きを終えた三人は、カウンター脇の休憩席に移動した。

 木のベンチに腰を下ろすと、ちょうど陽が差し込んでくる。


 ギルドのざわめきの中で、ボリスが大きく伸びをした。

「ふぁ~……それにしても、エレジアか。エルフいるよな?可愛い子、いるかな?」


「お前、それ目的で来るなよ」

 レオンが冷ややかに言うと、リゼットが思わず吹き出す。


「ほんと、あなたたちのチームは退屈しないわね」


「退屈なんてしたら、アランが暴走しそうだからな」


「そうそう。あいつ、危ない橋を渡るときほど顔が楽しそうなんだもん」


「まったく同感だ」

 三人の笑いが交わる。


 少し前まで、ただの跳ねっ返りの寄せ集めだった。

 けれど今は、互いの癖も短所も分かった上で、離れ難い“仲間”としての空気があった。


 ふと、リゼットが机の端に肘をつき、窓の外の光を見つめながら呟いた。

「……アラン君って、不思議ね。無鉄砲なくせに、見てるとこはすごく遠い。まるで、何かを追ってるみたい」

 レオンは一瞬だけ目を伏せ、静かに答える。


「彼は――“誰かのために”って言葉が、行動の中心なんです。だから危ない橋も渡る。僕らは、その後ろで支えるだけですよ。」


 ボリスが鼻を鳴らした。

「支えるっていうより、引っ張られてる感じだけどな!」


「否定はしません」

 レオンが淡々と返し、また笑いがこぼれる。


 やがて、リゼットが手元の書類を片づけながら告げた。

「依頼主のガルデオン嬢は今日の午後に来るわ。顔合わせはそのときに。……あんまり派手な印象は与えないようにね。特にボリスくん」


「俺が一番紳士だっての!」


 胸を叩いて主張するボリスを見て、レオンが小さく肩をすくめる。

「その“紳士”が昨日、食堂でスープぶちまけてただろ」


「うぐっ……あれは事故だ!」

 リゼットが笑いながら印を押す。


「はい、これで正式に登録完了。明日は早いでしょ?今日はちゃんと休むことね」


 レオンは受け取った書類を整え、深く一礼した。


「ありがとうございます。……本当に助かりました」


「気をつけて行ってね。――アラン君にもよろしく」


「ええ。伝えます」


 ギルドを出ると、冷たい風が街路を吹き抜けた。

 人々の声、馬車の音、遠くで鐘の音が響く。


 その中を歩きながら、レオンは空を見上げた。

 淡い冬空の向こうに、これから向かう東の山々を思い描く。


「……やれやれ、また厄介な旅になりそうだ」


「厄介上等だろ?アランの“いい顔”が見られるならな!」

 ボリスの明るい声が、街並みに弾んで消えた。

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