第19話 幻花の夜
夜の風が街路を抜ける。
石畳の上を、アランとレオンが並んで歩いていた。
遠くでは、しんじつ亭の灯がまだ揺れている。
その帰り道。ふと、アランがぽつりと口を開いた。
「なぁ、レオン……俺さ。英雄になれると思う?」
歩く足を止めずに問いかける声には、どこか迷いが混じっていた。
レオンは一拍置いて、小さく鼻で笑った。
「……バカには難しいだろうな」
(無鉄砲で正義感の塊、すぐ死ぬ。そこがこいつのいいところだけどな。)
「だよなぁ」
アランが苦笑する。
「今日さ、街で思い知らされたよ。俺、一人じゃ何もできなかった。
暴徒に囲まれて、暴れてる人達みて……頭も真っ白でさ。情けなかった」
しばし沈黙が続いた。
二人の靴音だけが、夜の街にかすかに響く。
やがて、レオンがぽつりとつぶやいた。
「……僕は、この国で一番の魔導士になってみせるよ」
アランが驚いたように顔を上げる。
「え? レオンって……そういうこと、言うんだな」
「言わないよ。普通は」
(なんで、こいつを元気づけてるんだか。)
レオンはそっけなく答えると、ちらりとアランに目を向ける。
「それにな、バカが考え込んでも答えなんて出ないだろ。
お前は前だけ見て、突っ走ってりゃいいんだよ」
その声に、どこか諦めとも、信頼ともつかない響きが混ざっていた。
アランはしばらく黙って歩いた後、小さく笑った。
「なんだよそれ。ちょっと、元気出たわ!」
「それなら黙ってろ。どうせすぐ落ち込むくせに」
「うるせー!」
夜の路地に、アランの笑い声が響いた。
レオンがふと足を止め、夜空をちらりと見上げる。
「明日も早い。……またな」
(あの爺さんの言葉に感化されちまったかな)
そう言い残し、彼はひらりと手を振るでもなく、スタスタと路地の奥へと歩き出す。
アランはその背中をしばらく見送っていたが――ぽつりと、笑い混じりにつぶやいた。
「なんだかんだ、いい奴だよなぁ。アイツ」