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英雄を夢見た少年は、王国の敵になる ―リベルタス―  作者: REI
第4章 救国の片鱗 森の都エレジア編

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第7話 冒険者としての選択

レオニスの言葉が途切れたあと、部屋を満たすのは重い沈黙だった。

 暖炉の火がぱちぱちと音を立て、薄い光がアランの横顔を照らしている。

 父と息子――十年ぶりに向かい合うには、あまりに多くのものが失われ、そして変わっていた。


 やがて、レオニスはゆっくりと口を開いた。

「アラン。お前の意思は理解した。……冒険者として生きたいという選択も、否定はせぬ。」

 その声音には、父としての温かさがあった。

 だが次の瞬間、彼の瞳に宿る光が変わる。

 貴族の領主、オーガストレイ公爵としての厳しさがそこに戻っていた。


「だが――どうしても、頼まねばならぬことがある。」

 アランは顔を上げた。

 父の声は静かだが、言葉の端々に鉄のような決意があった。


「王は今、病に伏しておられる。宰相派と貴族派の間で政が乱れ、均衡は崩れかけている。そんな中で、陛下は我らオーガストレイ家に“密命”を託された。」


 アランの喉が鳴る。

 その言葉の重みが、空気を一変させた。


「王都に潜む“火種”の鎮圧――それと、万が一に備えて、隣国〈エレジア〉との秘密同盟を結ぶことだ。」


「秘密同盟……?」

 思わず漏れたアランの声に、レオニスは静かにうなずいた。


「ああ。朱猿騎士団の没落以降、七大公爵家の間には深い亀裂が生じている。互いに牽制し合い、もはや王の命さえ統一できぬ。……このままでは、いずれ王都は再び血に染まるだろう。」


「だから他国と手を結ぶ……?」

「そうだ。」

 父の声は淡々としていた。

「エレジアとの同盟は、公にはできぬ。もし知られれば、王国は“裏切り”の烙印を押される。だが――それでも必要なのだ。王はこの国を守りたいと願っておられる。血の争いではなく、未来を繋ぐためにな。」


 アレンがその言葉を引き取るように口を開いた。

「兄さん、父上の言ってる“火種”ってのは、ただの政治争いじゃない。僕もギルド経由で耳にしたけど、裏で“コヴォルファクト”の連中が動いてるらしい。遺跡で起きたあの事件――あれも繋がってる。」


 アランは拳を握りしめた。

 “コヴォルファクト”――その名を聞いた瞬間、胸の奥で何かがざわめいた。

 ギルドでも、街角でも、人々が怯えていたあの不穏な空気。その根が、確かにこの王都の中に息づいている。


「……お前たちも気づいているだろう」

 レオニスの低い声が現実へと引き戻す。

「この国には、もはや一つの意思がない。貴族は権力を奪い合い、民は希望を失い、王の声は遠くなった。ゆえに――王は“血”に頼った。お前の血だ、アラン。」


「……俺の?」


「そうだ。オーガストレイの血は、王家に次ぐ“契約の因子”を持つ。お前の存在は、彼らにとって希望でもあり、抑止でもある。王は言われた。“もし若きオーガストレイが戻るなら、その手に再び誓約の剣を取らせよ”とな。」


 アランは俯いた。

 指先に力が入る。

 父の言葉は、まるで鎖のように重く絡みついてくる。


 沈黙を破ったのは、アラン自身だった。

「……父さん。俺は、そんな大層な役目を背負うために戻ってきたわけじゃありません。」

 その声は震えていたが、確かな芯があった。


「俺は冒険者として、自分の足で生きたい。仲間と笑って、戦って、時々負けて……それで十分なんです。国のためとか、血のためとか、そんな理由で剣を取る気はありません。」


 レオニスの表情が、一瞬だけ揺らいだ。

 だがすぐに、それを押し隠すように視線を伏せる。


「……そうか。」

 短く、それだけを返した。

 声には怒りも失望もなかった。むしろ、どこか安堵のような響きさえあった。


「ならば、お前の道を行け。」


「いいのですか?」


「お前が決めたのなら、私はそれを尊重する。だが忘れるな。血はお前を縛るものではない。誰かが代わりにやるだけだろう。」


 アランは顔を上げ、父の眼をまっすぐ見返した。

「父上、俺は名前なんかに縛られない。俺の選んだ道が、誰かの平穏を守ることに繋がる、それで十分だ。」


 その言葉に、アレンが小さく笑う。

「兄さんらしいや。……どんな道を選んでも、心は変わらないんだね。」


 レオニスは二人のやり取りを黙って見つめていた。

 やがて、小さく息を吐き、わずかに口元を緩める。


「……お前がそう言うなら、それでいい。力を持つものは弱きものを守る。それだけは心に刻んでおけ」

 その声には、父としての誇りが滲んでいた。


 アランはゆっくりと立ち上がる。

「父さん。俺は人のために戦うことからは逃げない。」

「うむ。ならばそれでいい。」


 レオニスはわずかに頷き、机の上に置かれた封蝋つきの書簡を手に取った。

「この書は……お前に託そうと思っていたが、今はまだ早いようだ。必要な時が来たら――その時、受け取ってくれ。」


 アランはそれに軽く頭を下げ、静かに背を向けた。


 歩き出すその背に、父の声が届いた。

「アラン。……どんな道であれ、誇りを忘れるな。それがオーガストレイの血だ。」


 アランは立ち止まり、振り返らずに答えた。

「血じゃない。誇りは、自分で選ぶものだ。」


「……強くなったな、アラン。」

 誰にともなく呟いたその声は、微かに震えていた。


扉を開けようとした、その時、執事が慌てて部屋に入ってきた。


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