表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
英雄を夢見た少年は、王国の敵になる ―リベルタス―  作者: REI
第4章 救国の片鱗 森の都エレジア編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

217/251

第5話 しんじつ亭集合

 夜風が暖簾を揺らし、香ばしい匂いが漂っていた。

 鉄鍋で煮込まれた肉の匂い、炊きたての米の湯気、そしてほんの少し焦げた醤油の香り。

 王都の街がどこか張りつめた空気をまとっているというのに、〈しんじつ亭〉の中だけは別世界のように穏やかだった。


 壁際のランプが灯り、木のテーブルには温かな料理と笑い声が並ぶ。

「おう、ようやく全員そろったか」

 カウンター越しに、オヤジさんが手ぬぐいで汗を拭きながら低く言った。

 年季の入った声。ぶっきらぼうだが、どこか安心感がある。


 アラン、レオン、リィナ、ボリスの四人は、いつもの奥の席に腰を下ろした。

 一日の疲れがゆっくりと抜けていくような、あの場所。

 出されたのは、煮込みハンバーグの定食に、野菜スープと焼き立てパン。

 そして、ボリス用には――特製「鉄鍋スタミナ丼」。


「おおっ、なんだこの香りは!」

 ボリスは目を輝かせ、丼を両手で抱えるように持ち上げた。

 一口食べた瞬間、瞳を丸くして唸る。

「う、うまいっ……! うまいぞこれ! 舌が喜んでる! オヤジさん、これ、どうやって作ってんだ!?」

「そんなもん、腹減った奴がうまいって言うように作ってんだよ」

 オヤジさんは鍋をかき混ぜながらぼそりと答えた。


「そ、そんな答えで料理できるわけねぇだろ!」

「できてんだから文句言うな。喋ってる暇あったら、冷めねぇうちに食え」


 その言葉に、ボリスは思わず笑った。

 スプーンを握り直し、勢いよくかき込む。

「うっま! ……ああ、くそ、こんなの食ったら他の飯が味気なくなるじゃねぇか!」

「文句言いながら食うな」

 オヤジさんは呆れたように言いながらも、口の端をわずかに上げた。


 そんな様子を見て、ルルがトレイを抱えて駆け寄ってきた。

「ねぇねぇボリスさん、それ、昨日うちの裏で拾ったキノコも入ってるんだよ!」

「おいルル、余計なこと言うな!」

「だって、オヤジさんが『味見してから言え』って――」

「こらっ!」

 オヤジさんの怒鳴り声に、店中がどっと笑いに包まれた。

 ルルは「ごめんなさーい!」と舌を出し、また厨房へと駆けていく。


 レオンが苦笑し、リィナが肩をすくめた。

「ほんと、あの子は天真爛漫って言葉が似合うね」

「この店の香辛料みたいなもんさ。効きすぎるときもあるがな」

 アランがぼそりとつぶやくと、皆が笑った。


 そんな中、扉のベルが鳴る。

「おっ、今夜もやってるか〈しんじつ亭〉!」

 入ってきたのは、冒険者ギルドの職員たちだった。


 彼らはオヤジさんに軽く会釈し、空いた席に腰を下ろすと、次々と料理を頼み始める。

「オヤジ、いつもの!」「こっちには麦酒三つ!」

 たちまち店内が賑やかになり、自然と宴のような空気が生まれた。


 リィナがグラスを掲げる。

「じゃあ、せっかくだし乾杯しますか!明日も無事に冒険できますように!」

「おう!」

「乾杯!」

 声が重なり、グラスの音が心地よく響いた。


 オヤジさんはカウンター越しにそれを見ながら、腕を組んだままぼそりと呟く。

「まったく……うちを居酒屋と間違えてやがる」

 だが、その声の奥にはどこか嬉しそうな響きがあった。


 店の一角では、ノランが「ガレスが昨日の依頼で大失敗しやがった」と愚痴をこぼし、リィナがからかうように笑っている。


 ボリスはというと、また丼をおかわりしていた。

「おいボリス、三杯目だぞ」

「うるせぇ! これ食ったら、明日どんな敵でもぶっ飛ばせそうなんだ!」

「アホか……胃袋だけ鍛えてどうする。それに明日は依頼いかないだろ」

 レオンの冷静な突っ込みに、再び笑いが起こった。


 やがて、騒ぎの中でふと静かになる瞬間が訪れた。


 アランがスプーンを止め、皿の端を見つめていた。

 その微妙な空気を感じ取り、リィナが首を傾げる。

「どうしたの? スープが口に合わなかった?」


「いや…」


 アランは短く息を吐き、仲間を見渡した。

「……明日、オーガストレイ家に行く。たぶん、面倒ごとになる」


 レオンの表情がわずかに動いた。

「やはり行くのか。今日ずっと迷ってたろう?」


「避けても仕方ない。…一度会って話ししてみないと、前に進めない。」


「自分が何者なのかを、か?」


「うん。知りたい。知ったから変わるとかはないけどな。」


 短い沈黙。

 ランプの灯が揺れ、湯気がゆらりと昇った。


 レオンは杯を回し、低く呟く。

「王都は今、貴族の思惑で渦を巻いてる。オーガストレイの息子が生きていたと知られれば、誰かが反応する」


「それでも、行くのか?」


「行くよ」

 アランの声は静かで、けれど芯があった。


「もう、覚悟は決まっている。過去を知ってしまった以上、何もしないほうが嫌だ。」


 その言葉に、レオンは薄く笑う。

「……まるで革命家の台詞だな」

「やめてくれ、俺にそんな器はない」


 そこへボリスが手を叩いた。

「お前ら難しい顔して、ばかだな! そんなことより、明日の朝は何食うか決めようぜ!」

「賛成!」とリィナが笑う。「パンよりご飯がいい!」

「弁当作っとくか?」

 オヤジさんの声が厨房から飛ぶ。

 店内は再び笑い声に包まれた。


 そのとき、カウンターの端から小さな声がした。

「……アランお兄ちゃん、本当に行くの?大丈夫ファよね?」

 ルルが皿を抱えたまま、少し寂しそうに立っていた。アランが変わってしまうのではないかと心配になっていた。


 アランは振り返り、優しく微笑む。

「うん。少しだけな。家族に会うだけだ。すぐ戻るよ。しんじつ亭のごはんが恋しくなるから」

 

 ルルの目が潤む。

「……じゃあ、これあげる」

 彼女はポケットから、小さな糸玉を差し出した。


「この前、お客さんに聞いたの。“糸は人をつなぐ”んだって。だから、帰ってくるまで切れないようにね」


 アランは言葉を失い、そっとそれを受け取った。

「……ありがとう、ルル。大事にするよ」


 仲間たちは黙って見守る。

 オヤジさんは、皿を拭く手を止め、ぼそりと呟いた。

「無茶はすんな。命は使い捨てじゃねぇ」


 その声は低く、ぶっきらぼうだったが、どこか温かかった。

 アランは静かにうなずく。


 ――しんじつ亭の灯りが、穏やかに四人を照らしていた。

 夜は深まり、笑いと湯気がまだ消えぬまま、王都の風が暖簾を優しく揺らしていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ