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英雄を夢見た少年は、王国の敵になる ―リベルタス―  作者: REI
第4章 救国の片鱗 森の都エレジア編

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第2話 ギルドの暖かさ

表の喧噪とは打って変わって、裏手の作業場は今日も騒がしかった。

 血と油の匂いが入り混じり、解体台の上では新鮮な魔獣の骨が軋む音を立てている。

「おう、ちび公爵。今日も真面目に納品か?」

 ぶっきらぼうな声が飛ぶ。


 振り向くと、解体職員のノランが、腕まくりしたまま巨大な包丁を拭っていた。

「その呼び方やめてくださいよ……。俺はただの冒険者ですってば。」

「はいはい、ただのGランク冒険者様ね。……で、この角、またズタズタじゃねぇか。モンスター泣いてるぞ。」

 ノランが溜息をつくと、隣の鑑定窓口からひょいと顔を出したのはイリナだ。


 柔らかな笑みを浮かべながら、手早く素材をチェックする。

「でも純度は悪くないわ。アランくん、前より安定してるじゃない。努力の成果ね。」


「い、いえ、たまたまです。」



「たまたまで成長する子なんていないわよ。ねえ、メイア?」


 声のした方を見ると、受付カウンターに腰掛けている派手な女性がいた。

 艶やかな赤いジャケット、胸元を大胆に開けた服装――ギルドの先輩冒険者メイアだ。

 彼女はにやりと笑いながら、アランにウインクを飛ばす。


「努力の成果、ねぇ。……ねえアラン、あんた彼女とかできた?」


「ぶっ……!? な、なんですか急に!」


「顔真っ赤~! ね、イリナ、ほらこれ絶対誰かいる顔してる!」


「ふふ、確かに。」


 イリナが口元を押さえ、メイアが嬉々として机を叩く。

 ノランは呆れたように鼻を鳴らしながら、包丁を研ぎ続けている。


「うるせぇな。恋愛相談なら表でやれ。血が飛ぶぞ。」

 そのとき、武具係のグランが奥の棚から姿を現した。

 筋骨たくましい体で、手には修理途中の剣を持っている。


「おお、アランじゃねぇか! この前の盾、具合どうだ? あれ、ちょっと重めにしといたぞ。」

「あ、はい、ありがとうございます。すごく使いやすいです。」

「だろう! でもなあ……その体でよく動けるな。あの盾、俺でも腰いわすぞ?」

 メイアが肘でアランをつつく。

「意外と鍛えてるのよ、この子。ねぇ、触ってみてもいい?」

「よ、よくないです!!」

 作業場に笑い声が響いた。

 ノランは肩をすくめ、グランは腹を抱えて笑い、イリナは「ふふっ」と控えめに微笑む。

「まったく……このギルド、どこも平和ですね。」

 アランがぼやくと、メイアが唇を尖らせて言った。

「んー? 平和なうちに笑っとけってことよ、坊や。外はもう、笑ってらんない空気だからね。」

 その言葉だけが、冗談の奥に微かな現実を滲ませていた。

 けれど次の瞬間、グランの太い声がそれを吹き飛ばす。

「おい、メイア、また新人いじって泣かせる気か! アラン、夕飯は〈しんじつ亭〉だろ? 先に行っとけ!」

「え、どうしてそれを――」

「ギルドの噂は早いんだよ!」

 笑いと騒音に包まれたギルド裏。

 アランは苦笑いを浮かべながら荷物をまとめ、手を振って出口へ向かった。

 その背中に、メイアが声を投げる。

「ちゃんと食べなよー、恋する少年!」

「だから違いますってばーー!」

 解体室の奥まで響くその声に、職員たちの笑いがまた弾けた。




 王都の大通りから外れてしばらく歩くと、街の喧騒は嘘のように遠のいた。

 石畳の途切れた裏通り、灯りの少ない小路を抜けた先。

 小さな酒場の看板に、かすれた金文字で〈迷い子の灯〉と書かれている。

 その名の通り、ここは迷った者の行き着く場所。

 罪人も貴族も、身分を脱ぎ捨てて酒をあおる――そんな裏の顔を持つ店だった。

 扉を開けた瞬間、古びた木と酒精の匂いが鼻を刺す。

 中は薄暗く、油ランプがぼんやりと卓を照らしている。

 客はまばら。酔い潰れた男が一人、カウンターの端でうなだれていた。

「……おや。珍しいお客様だ。」

 奥の席から、かすれた声が聞こえた。

 レオンがそちらを見ると、薄汚れたコートを羽織った男――モークスが足を組んでいた。

 年齢は四十前後。片耳に金のピアス、指先には古びた盗賊紋。

「ずいぶんとご活躍なようで。

 王都じゃ噂だ。氷の少年魔術士がまた一人、英雄気取りで暴れてるってな。」

「……噂なんて、勝手に育つものさ。」

 レオンは淡々と返し、対面の椅子に腰を下ろす。

 卓上のランプが彼の銀髪を照らし、薄い青の瞳に冷たい光が宿った。

「用件は察してる。……貴族どもの動きか?」

「ああ。王都の上層で何が起きているのか。

 特に宰相――グレイヴ・アーサー・ヴァルド。その近辺もだ。」

 モークスは一瞬、目を細める。

 煙草をくわえ、火をつけてから、吐き出した煙がゆらりと天井へ昇った。

「重い質問だな。で、対価は?」

 レオンは軽く唇を歪めた。

「この国の“隠された歴史”ってのはどうだ?」

 その言葉に、モークスの手が止まった。

 煙草の先が小さく揺れ、赤い火が暗がりを照らす。

「……はは。あんた、危ない橋ばっかり渡るな。」

「お互い様だろ。ここで生きてるって時点で。」

 短い沈黙が落ちる。

 カウンターの向こうで、バーテンがグラスを拭く音だけが響いた。

 やがて、モークスがにやりと笑う。

「いいだろう。対価としては、悪くない。

 ただし――“真実”を知る覚悟があるなら、だ。」

「望むところだ。」

 レオンの声は、いつになく低く響いた。

 ランプの炎が揺れ、その瞳の奥に、氷のような決意がきらめいた。


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