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英雄を夢見た少年は、王国の敵になる ―リベルタス―  作者: REI
第4章 救国の片鱗 森の都エレジア編

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第1話 火種の都

先ほどまでの笑い声が、まるで遠い出来事のように静まり返る。

 レオンが横目でアランを見たが、何も言わなかった。

 リィナもボリスも、言葉を探すように黙り込む。


 アランは封筒をそっと胸の前で握りしめ、静かに息を吐いた。

「……わかった。受け取っておくよ。」


 わずかな沈黙のあと、レオンが低く呟く。

「“無理に来なくてもいい”って、どういう意味だと思う?」

 アランは目を伏せ、封蝋に刻まれた紋章を指先でなぞった。

「……たぶん、“来るな”ってことだ。」

「それでも行くのか?」

「行くさ。行かない理由が――見つからないから。」

 レオンはしばらく黙ってアランを見つめ、微かに口角を上げた。

「……やれやれ、面倒な方へ歩くのは、君の悪い癖だな。」

「褒め言葉として受け取っとく。」

「好きにしろ。」


 アランたちがリゼットから書類を受け取って席に戻ったとき、

 奥のテーブルから豪快な笑い声が響いた。


「おうおう、アラン坊主! 元気か? 見ない顔がまた増えたか!」

 声の主はダグラス――鎖帷子の上から毛皮を羽織った大柄な男。

 王都でも名の知れた中堅冒険者だ。


 その隣でガロスが手を振っている。

「やあやあ、リュミエールはどうだ? 屋台、行ったのか? 一本もらうぞ!」

「え!? ちょっと! ガロスさん!」とアランが苦笑する。

「はは、顔に書いてある。腹、もう重いだろ?」

「……否定できない。」とレオンがぼそり。

 周囲が笑いに包まれた。


 ひとしきり笑ったあと、ダグラスが視線をアランに置き、声を落とした。

「冗談はさておき……お前ら、王都の空気、感じてるか?」


「空気?」とリィナが眉を上げる。


「依頼板、見たろ? “護衛”“伝令”“調査”……妙に貴族の名前が多い。」

「そうなんだよなぁ。普通の討伐より報酬はいいけど、妙に指示が細かい。天才の俺じゃなきゃ上手くこなせないなぁ」とガロス。

「調子に乗るな、ガロス。……ま、そういうことで、今の依頼のほとんどが“政治案件”だ。」

 ダグラスは低く言った。


「朱猿騎士団が潰れ、ラトールでの騒動が収まろうって時に、どこの家も次の主導権を狙ってる。

 冒険者ですら、どの派閥に出入りしてるかで信用が変わる時代だ。」


 アランたちは顔を見合わせた。

「派閥……って、冒険者にも関係あるのか?」

「あるさ。護衛を請け負った相手の紋章ひとつで、次の依頼が来なくなる。」

「俺なんか、一度“青羊家”の使い走りをしただけで、“朱猿派の犬”って言われたぞ! 気にしてないけどな!」とガロスが肩をすくめる。

「ま、今や王都じゃ口も命のうちだ。」

 ダグラスがジョッキを掲げる。

「余計な言葉は、剣より人を斬る。覚えとけ、ガキども。」


 ボリスが頭をかきながら苦笑した。

「なんか……メシの匂いより物騒な話が多いな、王都って。」

「はは、慣れろ。そのうち笑って飲み込めるようになる。」


 壁際に貼られた依頼書の多くは、魔獣退治でも護衛でもない。

 代わりに目立つのは、

 「屋敷の警備補助」

 「商隊の身元確認」

 「議員区の夜間巡回」

 ――そんな“政治の匂い”を帯びた依頼ばかりだった。


「……なんか、空気が変わったな。」

 受付前の柱にもたれて、アランがぼそりとつぶやく。

 隣で書類を見ていたボリスが、ため息混じりにうなずいた。

「おう。モンスターより人の方が怖ぇ時期ってやつだな。」


 アランは短く息を吐き、仲間たちに視線を向ける。

「……それぞれ、今日は別行動にしよう。夜は〈しんじつ亭〉で。」

「了解っす!」

 ボリスが親指を立て、リィナは軽く手を振った。

「じゃ、私は市場の方でちょっと情報拾ってくる。」

 レオンは外套を整え、扉の前で立ち止まる。


「……アラン。もし“本家”に行くなら、俺も同行する。」

「え?」

「何か起きる。……そんな気がする。」

 アランはわずかに微笑み、肩をすくめた。

「なら、その時は頼むよ。」


 扉が閉まると、ざわめきが遠くなる。

 残されたアランは、再び掲示板を見上げた。


 風が抜ける音の中、誰かの声がかすかに響く。

 ――「王都は、今が一番危ない。」


 その言葉が、胸の奥でひどく現実味を帯びて響いた。

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