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英雄を夢見た少年は、王国の敵になる ―リベルタス―  作者: REI
第3章 隠蔽された過去 南の都編

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帰還 ― 王都リュミエール


 夜が明け、霧が晴れた遺跡の丘。

 アランは背中の荷を締め直し、仲間たちのほうを振り返った。

「ボリス。お前も、王都に行くんだろ?」

 焚火の灰を踏みしめながら、アランは少し笑う。

「もう、仲間でいいよな?」

 ボリスは驚いたように目を丸くして、それから破顔した。

「へっ、何を今さら。お前はほっとけねぇ奴だからな!

 俺がしっかり守ってやるよ、アラン!」

 アランも笑った。


 その笑いは短く、けれど確かな温かさを宿していた。


数日後、王都の街並みが見えてきた。

 高くそびえる尖塔、石畳の広場、行き交う商人たち。


 人々のざわめきが、いつもよりどこか浮き足立っている。


 “どことなく騒がしい”。

 それが、最初にアランが感じた違和感だった。


 冒険者ギルドに足を踏み入れると、カウンター越しにリゼットが立っていた。

 忙しそうに書類を整理していたが、アランたちの姿を見つけると、ぱっと顔を上げた。

「……無事に戻ってきたのね」

「ただいま戻りました、リゼットさん」

 アランが頭を下げると、リゼットは安堵の息をついた。

「今回の件、いろんなところで噂になってるわよ。

 あなたたちが“遺跡を鎮めた”って」

 ボリスが照れくさそうに頭をかく。

「いやぁ、鎮めたっていうか……まぁ、ちょっと壊した、って感じで」

 リゼットは苦笑を漏らしつつ、机の引き出しを開けた。

「そうそう、あなたたちに伝言があるの。ヴィルマ先生から」


 リゼットが手渡した封書には、金の封蝋と共に短い文が記されていた。

『地下魔導組織コルヴォ・ファクト対策本部 正式任命:本部長 ヴィルマ・セラフィーヌ・クロード』

 アランは目を見開いた。

「ヴィルマ先生が……本部長?」

 レオンが封書を覗き込み、静かに頷く。

「どうやら、王国も本格的に動き始めたらしいな」

 リゼットが小声で付け加える。

「敵のボスの名前も出たそうよ。“ザビル”――聞いたことは?」

 その名を聞いた瞬間、リィナがわずかに息を止めた。

「……ザビル、だって?」

 彼女の声は低く、どこか怯えにも似た響きを帯びていた。


 アランはリゼットに尋ねる。

「その本部、最近は動きがあるのか?」

 リゼットは少し眉を寄せ、声を潜めて言った。

「ヴィルマ先生の話だと……ここ二、三ヶ月、まるで嘘みたいに静かなんですって。

 まるで“嵐の前”みたいに」

 静かすぎる――それが、一番不気味だった。

 アランは拳を握り、仲間たちを見渡す。

「……行こう。報告だけじゃ終わらない。ヴィルマ先生にも話を聞きたい」

 リィナが頷き、レオンが冷静に眼鏡を押し上げる。

 ボリスは鍋を背負いながら、笑った。

「また妙なことに巻き込まれそうだな。……だが、もう慣れたぜ」


 古い石造りの研究塔――かつて錬金術師ギルドの一室だった場所は、今や「地下魔導組織対策本部」として再編されていた。

 通された廊下の空気は、硝煙と薬草の香りが入り混じって重い。

 壁一面には魔導陣の設計図、封印装置の試作図、そして――各地で確認された“コルヴォ・ファクト”の活動記録。

 それらの中心に、乱雑な机を挟んで一人の女が座っていた。

「……来たわね、問題児たち」

 顔を上げたヴィルマは、かつての“気だるげな教師”の面影そのままに、しかし目の下に深い隈を作っていた。

 白衣の袖をまくり上げ、髪は結いもせず無造作に垂れている。

 それでも、その瞳の光だけは鋭く、疲労の奥に確かな覚悟を宿していた。

「……ヴィルマ先生、お久しぶりです」

 アランが頭を下げると、彼女はため息をついた。

「“先生”って呼ばれるの、今はやめて。……“本部長”って立場らしいから」

「……らしい?」

「そう、“らしい”のよ」

 ヴィルマは椅子の背にもたれ、机の上にある未開封の書類束を指で突いた。

「お前たちが遺跡で派手に暴れてくれたせいで、王都がひっくり返ったのよ。

 おかげで私は“対策本部長”に任命。――大人しく研究してたかったのに!」

 バンッ、と机を叩く。

 書類が舞い、ボリスが慌てて拾う。

「ひ、ひぇっ……先生、落ち着いて!」

「落ち着いてるわよ! これでも!」

「いやいや、どう見ても……」

「黙りなさい、鍋の騎士!」

 部屋の空気が一瞬ピリついたが、すぐにヴィルマが頭をかきながら力なく笑った。

「……まったく、どうしてこうなったのかしらね」

 その声には、冗談と諦め、そして――どこかに滲む焦りがあった。


 ヴィルマは机の引き出しから一枚の資料を取り出し、机の中央に広げた。

 そこには、黒い仮面をつけた男の似顔絵。

 下部には、赤いインクで一つの名が記されている。

ZABIRザビル

「これが、“コルヴォ・ファクト”の現指導者。

 裏で“造られた魔導兵”や“禁呪転写体”を動かしている張本人。

 ――そして、私にとっては、最悪の同僚だった男よ」

 レオンが眉をひそめる。

「同僚、ですか?」

「昔、同じ研究室にいた。あの頃はまだ人間だったのよ、あれでも」

 ヴィルマの指が書類の上を滑る。

 震えているのは怒りか、恐れか。

「理想を語っていた。人を救う“魔導技術”を作るってね。

 ……でも、結局は“神を超える道具”を欲した。自分の手で」

 アランが静かに口を開いた。

「そのザビルが、今も動いていると?」

 ヴィルマは首を横に振る。

「動いていた、が正しい。

 ここ二、三ヶ月、コルヴォ・ファクトの拠点はどこも沈黙してる。

 監視網にも引っかからない。……まるで“消えた”みたいに」

 レオンが呟く。

「嵐の前の静けさ、か」

「そうよ。あいつのことだもの、ただ黙ってるはずがない。

 ……だから、次に動く時が“本番”。」


 沈黙が落ちる。

 その静寂の中で、アランが拳を握りしめた。

「俺たちも動きます。ヴィルマ先生――じゃなくて、本部長」

「ふん、どっちでもいいわ。勝手に首を突っ込むのはいつものことだしね」

 ヴィルマは疲れたように笑い、書類をひとまとめにして机の端に置いた。

「でも、無茶はしないで。今はまだ、あの男の狙いが読めない。

 ……“彼”は、あんたたちの存在を知ってるかもしれないから」

 リィナが一歩前に出る。

「――知ってる、と思います。少なくとも、私の兄を通じて」

 その言葉に、ヴィルマの目がわずかに細められた。

 重い空気が流れる。

 だが、次の瞬間、彼女は軽くため息をつき、微笑んだ。

「はぁ……やっぱり面倒な子たちと絡んじゃった見たいね。

 ま、いいわ。私も覚悟を決めた。――ここで全部、終わらせる」

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