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英雄を夢見た少年は、王国の敵になる ―リベルタス―  作者: REI
第3章 隠蔽された過去 南の都編

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夜明けの協議


 夜明けが近い。

 崩れた遺跡の外、霧の帳がゆっくりと薄れていく。


 ひんやりとした風の中、焚火だけが橙の灯を投げていた。

 その周りに、三つの影が並ぶ。――冒険者、騎士団、そしてかつての盗賊たち。


 誰もが知っていた。

 この静寂は一時のものだ。

 やがて訪れる新たな嵐の前に、彼らはただ、小さな灯を囲んでいた。

 先に口を開いたのは、アランだった。

「……今回の件、ギルドに報告して終わり、ってわけにはいかないな」

 火を見つめながら、低い声で呟く。

 隣のレオンが頷く。

「ギルドに“報告”って形で戻るけど、本当の報告は……ヴィルマに、だな。あの人、きっと全部把握してる」

「だろうな」

 アランは小さく笑った。だがその笑みには疲れが滲んでいた。

「俺たちはまだ“外側”だ。けど――外だからこそ、見えることもある」

 その言葉に、リィナとボリスがうなずく。

 彼らの目には、決意とわずかな不安が交錯していた。

 焚火が小さくはぜた。

 次に声を上げたのは、アレンだった。

「……今回の件は、正式な作戦ではなかった。そう報告する」

 その声音は冷静で、まるで判決のように静かだった。

「宰相派の暴走として処理する。だが裏では――俺たちが探る」

 そう言って、彼は風に揺れる外套の裾を整える。

 ラースが眉をひそめた。

「……いいのか? 黙っておくってのは」

「正義を守るために、真実を殺すこともある」

 アレンの瞳は、夜明け前の空のように澄み切っていた。

 アランはその横顔を見つめた。

 兄弟でありながら、歩む道は違う。

 だが今だけは、同じ灯を見つめていた。

 沈黙を破ったのは、低い笑い声だった。

 焚火の向こうで、盗賊頭――ラースが口を開く。

「俺たちも考えを変えるさ。これまでみたいに“盗るだけ”の連中じゃねぇ」

 彼は肩にかけた黒いマントを整え、続けた。

「腐った権力者に利用されるのは、もう御免だ。俺たちは傭兵として立ち上がる」

「傭兵?」とボリスが目を丸くする。

「そうだ。必要なら影から手を貸す。……お前らが道を誤らねぇ限り、な」

 ラースは火の粉を弾きながら、最後に言葉を残した。

「国が腐る時、一番最初に匂いを嗅ぐのは俺たちだ。……異臭がしたら、知らせてやるよ」

 アランは黙って立ち上がった。

 火の明かりが彼の瞳に映る。

 そこには、迷いと、それを押し殺すような決意があった。

 やがて霧が完全に晴れ、東の空が白み始める。

 遠く、王都の尖塔が朝の光を受けて輝いていた。

「……俺たちは、王都へ戻る」

 アランが告げる。

「ギルドに報告して、次の動きを探る。――きっと、まだ終わってない」

「終わりなんてないさ」とラースが笑う。

「ただ、次の戦いがあるだけだ」

 それぞれが立ち上がる。

 アレンは北へ。ラースは西へ。

 そしてアランたちは、王都のある東の道へ。

 同じ空の下、別々の影がゆっくりと歩き出した。

 背中越しに、アランは一瞬だけ振り返る。

 焚火の残り火がまだ赤く、弱々しく揺れていた。

 ――もう誰かが倒れるのは、見たくない。

 だったら、俺たちが動くしかない。

 心の奥でそう呟き、彼は歩き出した。

 新しい光の方へ。

 夜明けの風が、彼らの背を押した。



 夜更け、崩れた遺跡の外。

 川辺を渡る風が、焦げた匂いをさらっていく。

 焚火の灯が届かないその場所で、リィナはひとり、腰を下ろしていた。

 掌の上で、古びた腕輪が月光を反射する。

 小さな魔石のひび割れに、冷たい光が揺れた。

「……あんた、まだ見てるの?」

 問いかけた声は、夜に溶けた。

 鏡の破片を取り出す。

 そこに一瞬、誰かの笑顔が映った気がした。――兄。

 自分より少し年上で、よく笑い、そして突然、消えた人。

 リィナは破片を伏せ、息を吐く。

「もう、追うだけの妹じゃない」

 風が、頬を撫でていく。

 追い続けた背中はもう遠く、けれどその影は今も、自分の中に残っている。

「兄さん。……どんな形でも、見つけるから。あの人の“真実”を」

 腕輪をそっとはめ直す。

 モンスターにモテるという、皮肉な呪いの装飾品。

「この呪いも、あの人と同じ……私が受け継いでるんだな」

 月光が川面を滑り、彼女の決意を照らした。


 少し離れた丘の上で、レオンは手紙を広げていた。

 封蝋には、雪の紋章――“ヴァルトハイト家”の印。

 冷たい夜風に揺れる蝋燭の火が、彼の横顔を青く照らす。

 紙に並んだ言葉は、どれも命令のように冷たかった。

 “帰還せよ。お前の力は家のために使うものだ。”

 レオンは目を伏せる。

 血筋も、名誉も、誇りも。

 それは誰かの意志であり、自分の願いではなかった。

「逃げたのなら、せめて今は……誰かを救える自分でありたい」

 その独白が、静かな夜気を震わせる。

 膝の上の魔術書を開く。

 そこに新しい章が刻まれていた――“氷と闇”。

 氷は心を閉ざす力。闇は痛みを隠す力。

 けれど、彼はその頁に指を滑らせ、そっと呟いた。

「氷のような家に生まれた。でも、俺の魔術は――もう、誰かを凍らせるためじゃない」

 月明かりの下、閉じた本の表紙が微かに温もりを帯びた。


 夜明け前、ギルド裏の倉庫。

 ボリスはひとり、割れた鍋と欠けたフライパンを磨いていた。

 金属が擦れる音が、静かな空間に響く。

 磨くたび、映る自分の顔が少しずつはっきりしていく。

 ――あの時、守れなかった。

 血に染まった仲間の笑顔。

 自分だけが生き残った夜。

 ボリスは磨く手を止め、静かに目を閉じた。

「……あの時みたいにはしねぇ。今度は守る。笑って守る」

 焚火の残り火が倉庫の窓から射し込み、鍋の縁に光が走る。

 その鍋で、また仲間たちの朝飯を作る光景が浮かんだ。

「人はパンじゃねぇ、焼き直せねぇ。でも――守る味は、何度でも作れる」


 夜が明ける。

 彼は鍋を肩に担ぎ、ゆっくりと外へ出た。


 朝靄の向こう、仲間たちの声が聞こえる。

 それは、また新しい日々の始まりだった。

 空が白む。

 霧の向こうで、アランが振り返る。

 リィナは風を受け、レオンは魔術書を閉じ、ボリスは鍋を掲げた。

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