第95話 溶け始めた時間
焚火の音だけが、夜を刻んでいた。
長い過去の話の終わりとともに、アランは静かに目を開ける。
頬を伝う温かいものに気づき、指で拭う。
それが涙だと、ようやくわかった。
「僕の余計な話まで、聞いてくれてありがとう。」
アレンの声は、いつもより少しだけ優しかった。
「お前が背負う必要はなかったはずなのに、俺は知らなかった。」
アランは笑おうとしたが、声が震えていた。
知らなかった――自分の知らない弟の時間。
封印の陰で、どれほどの孤独と戦ってきたのか。
冒険者になりたいと言っていたのは、アレンのほうだった。
そして、騎士に憧れていたのは、自分だった。
「皮肉なもんだな」アレンがぽつりと言う。
「兄さんが冒険者で、僕が騎士だなんて」
「ああ。でも……それでよかったんだ。今はお前の方がずっと騎士らしい」
アランは夜空を見上げた。星々が、淡く瞬いている。
「俺は、どんな立場でも守る側でいる。
国でも、仲間でも、民でも、もう、何も奪わせない。」
アレンは黙って頷いた。
その眼差しの奥で、長く凍てついていた氷が静かに解けていく。
二人の間に言葉はなかった。ただ、焚火が小さくはぜる音が続いていた。
やがてアレンが立ち上がり、マントの裾を整える。
「明日からだな」
「ああ。――嵐が来る」
夜風が通り抜ける。炎が揺れ、影が重なった。
その影は、もう過去に怯える兄弟ではなかった。
リヴァレスを背負う、二つの灯だった。




