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英雄を夢見た少年は、王国の敵になる ―リベルタス―  作者: REI
第3章 隠蔽された過去 南の都編

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第94話 アレン15歳


 近衛騎士団の内定者名簿に、ひときわ若い名が刻まれた。

 アレン・オーガストレイ。

 北方戦線を制し、三度の包囲戦を突破し、敵国の将を生け捕りにした少年。

 王室直属の密命を受ける若き騎士――

 その名は、もはや“才能”ではなく“象徴”として語られていた。

 だが、彼の周囲には常に冷たい空気があった。

 仲間たちは従う。だが、誰も心を預けようとはしない。

 彼が勝つたびに、誰かが遠ざかっていく。

「……あの目で見られると、心まで測られてる気がする」

「完璧すぎるんだよ。あんなやつ、もう人じゃない」

 王すらも、苦悩を隠せなかった。

「優秀だ。だが……彼に“信頼”はあるのか?」

 老王の呟きに、臣下たちは沈黙した。

 ――そして、その日が来た。

 父、レオニス・オーガストレイとの再会。

 謁見の間は、冬のように静まり返っていた。

 白銀の鎧をまとった父は、ゆっくりと息子を見据える。

「アレン。お前は……強くなったな」

 その声には、かすかな誇りと、深い痛みがあった。

「だが、私がなりたかった“団長”ではない」

 アレンは一歩も動かない。

 その瞳は、鏡のように揺れず、氷のように冷たかった。

「その剣で、誰の心を守るつもりだ?」

 短い沈黙。

 アレンは、淡々と答えた。

「守る必要のある“心”など、この世にありません」

「俺は……この国の剣です。感情を捨てた剣こそ、最も正確に敵を断つ」

 レオニスの拳が、わずかに震えた。

「違う。剣は、人のために振るうから“正しい”んだ」

「なら、俺は間違いでも構わない」

 その言葉に、父の顔が歪む。

 彼の中の“息子”は、もうどこにもいなかった。

 それでも、アレンは表情一つ変えず、ただ敬礼した。

「ご指導、感謝いたします。父上」

 そして背を向けた。

 扉が閉まる音だけが、永遠の別れを告げた。

 夜。

 城の高台で、アレンは風を受けて立っていた。

 遠くに王都の灯が瞬く。

 あの光の一つ一つに、かつて“心”があったのだと、どこかで分かっていた。

「俺はもう、帰れない」

 呟きが、風に溶けた。

「感情も、温もりも……置いてきた。

 なら、せめて――この国の剣として、全うするしかない」

 その瞳に、星の光は届かない。

 ただ、静かな闇が映っていた。

 そして――運命の糸は、再び動き出す。

 少年アランとの“再会”の時が、すぐそこに迫っていた。


 王都の片隅。

 アランは依頼帰りに立ち寄った酒場で、ふと耳にした。

「知ってるか? 北の戦線を治めたっていう若い騎士の話。まだ十五だとよ」

「十五ぃ? バケモンかよ。……名前は?」

「確か、アレン……オーガストレイとかいう貴族の坊ちゃんらしい」

 アランの手が、杯の途中で止まる。

 聞き慣れた響き――けれど、思い出せない。

 胸の奥で、なにかがざわめいた。

(……アレン。どこかで聞いたような……)

 記憶の底で、幼い声が呼ぶような気がした。

 けれど、浮かび上がる前に霧のように消えていった。

 外に出ると、夜風が冷たかった。

 石畳を踏む足音が、やけに遠く響く。

 アランは空を見上げ、星を一つ数えた。

「……変な感じだな。どこかで会った気がする」

 そのころ、王城北塔の執務室。

 アレンは新たな報告書に目を通していた。

「麻薬密輸の一件、王都の冒険者が摘発したそうです」

 部下の報告に、アレンは眉をひそめた。

「冒険者が、か?」

「ええ。どうも下級ランクの若者たちが、自主的に動いたとか」

「ふむ……市警でも掴めなかった線を、か」

 ページを閉じる。

 小さく、胸の奥が――動いた気がした。

(……くだらない。偶然だ)

 そう言い聞かせるように、再び書類に視線を落とす。

 その背後で、古参の騎士が口を開いた。

「ところで隊長、最近妙な噂がありましてね」

「噂?」

「ええ。『お前にそっくりなやつが、冒険者ギルドに出入りしてる』とか」

「……俺に、似ている?」

「顔も雰囲気も、なんか似てるらしいですよ。もっとも、向こうはまだ子供みたいですが」

 アレンは小さく笑った。

 それは笑いというより、冷たい息が漏れただけだった。

「俺に似た子供、ね。……この国も、冗談が好きだな」

「はは、まったくです。……ま、気にしないでくださいよ」

 騎士が出ていく。

 残された静寂の中、アレンはふと窓を見やった。

 夜の街には、小さな灯が点々と瞬いている。

 そのどこかに、あの“似ている誰か”が兄なのかもしれない。生きているかもしれない――そう思った瞬間、

 胸の奥に微かな痛みが走った。

(……何だ、この感覚は)

 雪の降り始めた王都の夜。

 二つの影は、別々の場所で同じ星を見上げていた。

 確かに、運命は再び交わろうとしていた。

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