表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
英雄を夢見た少年は、王国の敵になる ―リベルタス―  作者: REI
第3章 隠蔽された過去 南の都編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

205/251

第91話 王家直属

王立騎士学院、卒業式の日。

 広場に掲げられた王国旗が、春の風を受けて静かに揺れていた。

 壇上に立つ十二歳の少年――アレン・オーガストレイ。

 異例の三年飛び級。わずか九歳で入学した“神童”は、今、誰よりも早く学院を去ろうとしていた。

 その小柄な背に、無数の視線が注がれている。賞賛も、嫉妬も、畏れも。

 だがアレンの瞳は一つとしてそれを映さず、ただまっすぐ前を見ていた。

 校長の言葉が響く。

「オーガストレイ卿は、王室直属近衛騎士団への推挙が決まっている。……彼の努力と才覚は、若きすべての騎士の手本となるだろう」

 拍手が広がる。だが、アレンは一歩も動かない。

 肩の金糸飾りが光を弾くたびに、まるで鎧が心を封じるようだった。

 ――遠くの席で、ひとりの女性がその光景を見つめていた。

 白い手袋を外すこともなく、ただ息を呑む。

 セリーヌ・オーガストレイ。

 彼女の唇がわずかに動く。

「……アレン……」

 少年は、ふと顔を上げた。

 視線が一瞬、群衆の奥に向かう。

 けれど――目は合わない。いや、合っても、彼は気づかないふりをした。

 彼の心の奥では、別の言葉がこだましていた。

 ――もう、あの頃の僕じゃない。

 ――泣くことも、笑うことも、意味がない。

 卒業証書を受け取る手は、驚くほど冷たかった。

 握るたびに、何か大切なものがこぼれ落ちていくようだった。


 王都近衛騎士団――。

 そこは名誉と実力がすべての、王国最精鋭部隊。

 だが、その中で最年少の少年は、ひときわ異質だった。

「……あれがオーガストレイ卿の息子か」

「まだ十二歳だと? 冗談だろう」

「見ろよ、まるで人形みたいだ。表情ひとつ動かねえ」

 アレンは無言のまま、訓練場の中央に立つ。

 実戦形式の模擬戦。対するは十八歳の上級騎士。

「子どもの相手か、気が引けるな」

 上級騎士が笑う。

 だが、次の瞬間にはその槍が弾かれ、喉元に木剣が突きつけられていた。

「……っ、ば、馬鹿な」

「勝敗は決しました」

 淡々とした声。

 その瞳には、勝利の喜びも誇りも宿っていなかった。

 観戦していた団員たちが息を呑む。

「やはり、あいつ……人間離れしてる」

「だが、誰も寄りつかねぇ。冷たすぎる」


 夜。

 静まり返った訓練場に、ひとり木剣を振る音だけが響く。

 アレンは無言で何百回も素振りを繰り返していた。

 その片隅に、昔の木製の剣が置かれている。

 ――兄と遊んだ、あの庭の記憶が微かに蘇る。

 だが、胸に浮かんだ温もりを、彼は無理やり押し殺す。

「……もう、戻れない」

 呟きが夜風に消える。


 ある任務の日。

 山岳地帯での盗賊討伐。

 アレン率いる分隊は、完璧な作戦で敵を包囲した。

 しかし、ひとりの新兵が命令を無視して飛び出した。

「仲間が――まだ、生きてる!」

「戻れ。今は――」

 命令は届かず、敵の矢が飛ぶ。

 アレンは咄嗟に手を伸ばしかけた。

 けれど、その指は途中で止まった。

 彼は冷徹に判断した。

 ――救えば全滅、切れば成功。

 剣が閃き、敵の首を刎ねる。

 作戦は成功した。犠牲者は一名。

「……なぜ、見殺しにしたんですか!」

 若い隊士が叫ぶ。

 アレンは振り返らない。

「俺はただ、正しい判断をした。それ以上に、何が必要なんですか」

 静寂が落ちる。

 血のにおいと、冷たい風だけが残った。


 報告会で父・レオニスは何も言わなかった。

 ただ、机の上で拳を組み、息を吐く。

「……お前は強くなったな、アレン」

「家のために、当然のことをしたまでです」

「……そうか」

 父はそれ以上、何も言わなかった。

 アレンの背中が去ると、老いた騎士は静かに呟く。

「強くなりすぎたな。……誰のために、だ?」


 夜の部屋。

 アレンは窓際に立ち、街の明かりを見下ろす。

 背後の机の上、埃をかぶった木の剣が、まだそこにあった。

 ――兄と見た夕焼け。

 ――「二人で、最強の騎士になろうな」という声。

 あの約束が、今ではただの呪いのようだった。

「僕がなりたかったのは、騎士団長じゃない。……ただ、あの時の自分を、取り戻したかっただけだ」

 しかしその想いは、もう言葉にできないほど、遠く霞んでいた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ