表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
英雄を夢見た少年は、王国の敵になる ―リベルタス―  作者: REI
第3章 隠蔽された過去 南の都編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

200/251

第86話 最年少の騎士

朝の光が王都の石畳に反射し、騎士養成学校の門を照らしていた。9歳にして、この学校の門をくぐる最年少の入学生──アレン・オーガストレイは、肩を張り、表情ひとつ変えずに列に並んでいた。

 周囲の候補生たちは、緊張や興奮を隠せず、友達と肩を寄せ合ったり、声をひそめて囁き合ったりしている。だが、アレンはその様子を無表情で見つめるだけだった。心の奥底に、もはや他者と交わる喜びは存在しなかった。

 入学式の壇上で校長が演説を始める。光と音に包まれる中、アレンの目は一点を見据え、まるで周囲の世界が存在しないかのように静まり返っていた。

 彼の胸には幼い頃の決意――「強くなって兄に追いつく」という想い――は薄れ、代わりに「国と家を守る」という義務感だけが残っていた。

 壇上に立った教師が、候補生に問いかける。

「君たちは、何のためにここに来たのか?」

 隣の候補生は、緊張した声で「騎士になり、国を守るためです!」と答える。歓声があがり、微笑みが交わされる。だがアレンは、声を上げることなく、心の中で静かに答えた。

「……国と家を守るため」

 それは、かつてアランが無邪気に語った夢の言葉と、ほとんど同じ響きだった。しかし、アレンの口から出た言葉には、あの時の温かさや笑い声はない。冷静で、感情を削ぎ落とした響きだけが、周囲の空気を押し潰した。

 父レオニスは遠くからその様子を見守っていた。

 石造りの欄干の影に立ち、肩に腕を置きながら、彼は独りごちた。

「この子も……何かを捨ててしまったのだな」

 かつてアランの無邪気な笑顔を愛おしく思ったように、今、息子の瞳の奥に宿る異常な集中力と冷徹さに、父は微かな不安を覚えた。しかし、幼くして現れた才能と精神力の凄まじさは、否応なく家と国に必要な存在だと告げていた。

 入学式が終わり、候補生たちは訓練場へと誘導される。アレンもまた歩き出す。肩の力を抜かず、足取りは軽やかだが、心の奥には孤独の影がずっしりと沈んでいた。

 稽古が始まると、アレンの才能はすぐに頭角を現した。剣を握る手の動き、踏み込む足のリズム、視線の置き方、すべてが大人顔負けの精度を誇っていた。教師や先輩の目は驚きに満ち、囁きが広がる。

「小さな子供が、あれほどの動き……」

「9歳だと言うのか……信じられん」

 だがアレン本人は、褒め言葉を受け止めることも、喜ぶこともなかった。感情の振れ幅は、稽古の厳しさと孤独にすでに削られていた。剣を握る手を止める理由は一つもない。止める必要も、止めたいと思う気持ちもなかった。

 昼食の時間、他の候補生が楽しそうに食卓を囲む。笑い声と談笑に満ちた空間。だがアレンは一人、静かに食器を並べ、剣の型を頭の中で反芻する。母セリーヌの優しい声が、耳元で囁く。

「アレン……少し休みなさい、体も心も大切に……」

 しかし、彼は微動だにせず、視線は稽古場の遠く、想像の中の戦場を見据えていた。

「僕は強くならなければ……家を、国を守るために……」

 幼い頃、兄の笑顔に追いつくためだった気持ちは、すでに消えかけ、冷たく義務感だけが残っている。その義務感が、剣を握る手を止めさせない。孤独と疲労、そして感情の欠落が、アレンを強化する一方で、心の柔らかさを削り取っていた。

 夜、寝室のベッドに横たわっても、目は閉じられない。暗闇の中で、彼の心はただ一つの考えに支配される。

「強くなる……誰よりも……」

 幼い少年は、すでに「アレン」という無邪気な存在ではなく、家と国を守る使命に染まった小さな戦士となっていた。

 しかし、心の奥底には、ほんのわずかにアランの面影が残っている。その影は、彼の目を冷たくさせることも、剣の力を奪うこともない。ただ静かに、封印され、未来のどこかで再び触れるために、眠っているだけだった。

 アレンは深く息をつき、夜の闇を見つめた。

 孤独とストイックな修練の日々はまだ始まったばかり。

 しかし、その孤高の瞳の奥には、狂気と才能が混ざり合った、誰も触れられない世界が広がっていた。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ