第81話 夕暮れの約束
夕陽が差し込み、居間の窓がオレンジ色に染まっていた。
厨房では、セリーヌが静かに鍋をかき混ぜている。
スープの香りが漂い、外の鳥たちがねぐらへ帰っていくころ――
キッチンの入り口で、二つの小さな影がそわそわと揺れていた。
「お母さん、僕も手伝うよ! おいしいご飯作る手伝い!」
金の髪を揺らして、アランが勢いよく声を上げる。
「僕もお手伝いするよ! 今日はアランと一緒に料理するんだ!」
続いて、銀髪のアレンが笑顔で言った。
セリーヌは振り返り、少しだけ困ったように眉を寄せた。
しかし、二人の期待に満ちた瞳を見て、すぐに柔らかな笑みを浮かべる。
「ふふ……じゃあ、二人とも少しだけお手伝いしてくれる?」
「やった!」
アランは小さく跳ね、アレンは両手を握ってはしゃいだ。
二人はすぐにキッチンへ駆け込み、それぞれの“仕事”を見つける。
「アレン、僕が皿を並べるね!」
「じゃあ僕は、スプーンとフォークを持ってくる!」
どちらも少し危なっかしい手つきで、皿を一枚ずつ運んでいく。
カチャリ、と音を立てて並ぶたび、二人は顔を見合わせて笑った。
「お母さん、僕のほうが早かったよ!」
「僕のほうがきれいに並べたもん!」
「ふたりとも、競争じゃないのよ。」
セリーヌは小さくため息をつきながらも、目元に笑みを宿す。
アランが野菜を運ぼうとして転びそうになった瞬間、アレンがさっと支える。
「気をつけて、アラン!」
「へへ、大丈夫! ありがとう!」
そんな些細なやり取りさえ、セリーヌには宝石のように愛おしかった。
鍋の中でスープがことことと音を立て、家の空気がやさしく満たされていく。
アランとアレンがふたり並んでテーブルを整え、最後に声をそろえた。
「お手伝い、できたよ!」
セリーヌは木べらを置き、ふたりを見つめて微笑む。
「ありがとう。おかげで、きっと今夜はとってもおいしいご飯になるわ。」
金と銀の髪が夕陽に照らされ、まるで燃えるように輝いていた。
セリーヌはその光景を、胸の奥にそっと刻みつける。
――この幸せが、どうか明日も続きますように。
オーガストレイ家の双子 ― 夕暮れの約束 ―
西の空がゆっくりと赤く染まっていく。
庭の木々の影が長く伸び、黄金の光が芝の上を静かに流れていった。
アランとアレンは、庭の一角に並んで腰を下ろしていた。
昼間の喧騒が嘘のように静まり、ただ風が二人の髪を撫でていく。
金と銀――陽を受けた髪が、同じ光を分け合うように輝いていた。
しばらく言葉もなく、二人は空の向こうを見つめていた。
やがてアレンが、そっと横を向く。
「ねえ、アラン。」
「うん?」
アレンは小さく笑って、膝を抱えた。
「僕たち、ずっと一緒だよね?」
その声は、風よりも静かだった。
アランは一瞬だけ考えるように目を細め、それから迷いのない笑みを返した。
「うん。絶対に。」
その言葉が、沈みゆく陽の光に溶けていく。
アレンは安心したように肩を寄せ、アランの腕に頭をもたせかけた。
夕風が二人の頬を撫でる。
空の端では、一番星が瞬き始めていた。
「僕ね……大きくなったら、冒険者になるんだ。」
アレンがぽつりと言う。
「世界中を旅して、いろんな人と会うんだ。海の向こうとか、見たことない国とか。」
アランは微笑みながら、その言葉を聞いていた。
「いいね。じゃあ、僕はその国を守る騎士になるよ。」
「騎士?」
「うん。お父さまみたいに、みんなを守れる立派な騎士団長になるんだ。」
アレンが顔を上げて笑う。
「じゃあさ、僕が困ったときは、アランが助けに来てくれる?」
「もちろん。どこにいたって、アレンのことは守るよ。」
「じゃあ約束だよ。」
「うん、約束。」
小さな指と指が重なり、指切りを交わした。
その約束が、光の中で小さくきらめく。
――その日、二人はまだ知らなかった。
同じ夕陽を見上げる日が、もう二度と訪れないことを。




