第80話 オーガストレイ家の双子
夏の陽光が庭の芝を金色に染めていた。
オーガストレイ家の広い庭には、白い花が咲き乱れ、涼しい風が木々の枝をゆらしている。
「ドラゴンを倒すぞ! アレン、気をつけて!」
金の髪を陽にきらめかせながら、アランが木の棒を高く掲げた。
棒の先を空に突き立てる姿は、まるで小さな騎士のようだ。
「わー! ドラゴンだー! 僕がドラゴンを倒してやる!」
銀の髪を揺らしながら、アレンが笑い声を上げて駆けだす。
両腕を翼のように広げ、庭を跳ね回るその姿は、どこか自由な風そのものだった。
「やめろー! ドラゴンにならないでー!」
「がおーっ! アランを食べちゃうぞー!」
二人は芝生の上を転げまわり、笑い声が庭いっぱいに響いた。
小鳥たちが驚いて枝を飛び移り、それでも双子の笑顔は止まらない。
だが、夢中になりすぎたアランが石に足を取られて、ぱたりと転んだ。
「わっ!」
土の上に倒れ込む音。アレンがすぐに駆け寄る。
「大丈夫? 僕が守ってあげるから!」
差し出された手は小さいのに、不思議と頼もしかった。
アランはその手を握り返し、少し泥のついた膝を払って笑う。
「ありがとう! アレンが守ってくれるんだね! じゃあ、僕もアレンを守る!」
アレンは一瞬きょとんとしたが、すぐににっこりと笑った。
「うん! じゃあ、ふたりで最強の勇者だ!」
また走り出す二人。
黄金と銀の髪が風にほどけ、夏の光の中で交わりながら、遠くへと駆けていく。
昼の陽射しがやわらぎ、庭に長い影が伸び始めたころ。
屋敷の裏手にある大きなクスノキの根元で、アランとアレンは夢中になっていた。
「ここが僕たちの秘密基地だよ! すっごくかっこいいでしょ?」
アレンは胸を張って、枝と葉で組み上げた小さな小屋を指さした。
木の根のくぼみを利用して、枝を立てかけ、花びらを屋根に飾っている。
アランはその様子を、膝を抱えてじっと見つめていた。
「すごい……! アレン、これほんとに自分で考えたの?」
目を輝かせる兄に、アレンは得意げに笑う。
「うん! ほら、ここはお昼寝できる場所で、あっちは宝物を隠すところ!」
アランは感心したようにうなずき、木の根に腰を下ろす。
「アレンが作ったら、きっとすごいお城にもできるね。でも……」
言いかけて、少しだけ首をかしげる。
「一人じゃ大変でしょ? 僕も手伝う!」
アレンは顔を上げ、照れくさそうに笑った。
「うん……じゃあ、そこの枝、もうちょっと運んで!」
「まかせて!」
アランは勢いよく立ち上がり、芝の上を駆けていく。
小さな手で枝を集め、落ち葉を抱えて戻るたび、アレンの口元が自然とほころんだ。
二人の息がぴったり合って、作業はどんどん進んでいく。
やがて、木の根の間に小さな“隠れ家”ができあがった。
中には二人の宝物――拾ったガラス玉、壊れた懐中時計、赤いリボンがそっと並べられている。
「ここ、僕たちだけの場所だね。」
アレンが木の枝を屋根に差し込みながら、ぽつりとつぶやく。
「うん。誰にも見つからない、僕たちの秘密基地!」
アランは誇らしげに頷いた。
風が吹き、木の葉がざわめく。
金と銀の髪がゆらめいて、陽の光の中で混ざり合う。
その瞬間――彼らの世界には、まだ“別れ”も“使命”もなかった。
ただ、小さな手で築いた秘密の居場所と、兄弟の笑い声だけがあった。




