第79話 聞かされる過去
焚火の炎がぱちりと弾け、夜の静寂に小さな音を落とした。
その瞬間、アランの瞳の奥で、何かがゆらりと揺らめいた。
「なぁ、アレンは覚えてるのか? 昔のこと」
低く、かすれた声。
アレンはわずかに眉を動かし、手を止めた。
夜風が二人の間を抜け、火の粉を遠くへ運んでいく。
「……昔のこと?もちろん覚えてるよ。」
問い返しながらも、アレンの胸にはすでに嫌な予感があった。
アランの言葉は、どこか痛みを孕んでいた。
目の前にいる兄さんの声ではなく、記憶の底から呼びかける、幼い日の“彼”の声のように思えた。
「おれが、家を出た日のことも?」
その一言が、夜の静寂を切り裂いた。
アレンは息を呑み、顔を伏せる。
焚火の赤が揺らめき、兄弟の間に落ちる影を長く伸ばした。
その光景は、十年前と同じだった。
あの日もこうした、静かな夜だった。
幼いアランが着丈に振る舞い、アレンはその背を遠くから眺めていた。
母の声、遠くで鳴く風の音、そして――別れの言葉。
アランの唇が微かに動く。
「おれ、忘れてた。記憶がなかった、どうして俺は家を出されたんだろう」
その問いに、アレンは言葉を失った。
焚火が弾ける。
橙の光がアランの瞳に宿り、かすかに震える涙を照らした。
「そうか、あの時が全部の始まりだったんだな」
アレンの胸に沈んでいた長い沈黙が、ようやく形を持ちはじめる。
そして、彼の視線が炎の向こうへと遠のいていった。
焚火の光がゆらぎ、闇が溶ける。
次の瞬間――風景が音もなく変わった。
土と草の匂い、泣き声、そして幼い声。
そこは十年前、まだ少年だったアランとアレンが別れた夜。
記憶の扉が、静かに開かれる。